第20話 初めてのお部屋

クロキの部屋のドアをノックする。

「入れ」

硬い声音だ。

ゆっくりと扉を開けると黒い複雑な紋様の窓と、その下の小さな黒い机。何本かのインク壺。羽ペン。

「トキか!」

トキの部屋よりずっと質素な部屋に、右側には一人用のこれまた黒い柱の寝台があった。

寝台に寝転がり、本を読んでいたクロキがトキの元に歩み寄る。肩を抱き、唇を重ねる。クロキからのキスはいつも唐突だ。それだけで心臓が飛び跳ねてしまうので、トキは不機嫌になったように見せたりしてみる。

「どうした?」

とうぜん。クロキが、トキの態度の変化に気づく。色々と、夜の態度の事も含めて察しがいいのだ。

「いつも、何もかも、唐突です……」

頬がきっと、赤くなっている。身体も熱い。月のものもだいじょうぶだし、ああ、きっと、今夜も……。自分たちはほんとうに……。

「わかった、なら、我が妻よ。いますぐお前に口付けしたい。許可をもらおう」

それでも、許可なんかもらわなくてもこのクロキという十六歳の少年は。

「!」

トキの答えを待たず、壁に音が鳴るほど強く押し付け、深いキスをしてくる。腰ががくがくと感じるのを抑えるためか促すためか、クロキの両腕が背と、震える腰へ強く回され、細い体躯に見合わない力で。閉じ込められた。それに、この上ない安心感を得る。ああ、自分たちは夫婦なのだ。

舌を絡めて、なかなか離してくれない。実は、トキは舌の動かし方がわからない。どうすればいいのか。急に、動かし方をわかる瞬間を思い出してまた頬を紅潮させる。二人で繋がっている時、自分の中がうねり、クロキのものが出し入れされ、またしばらく「中」で留まった時。うんと深い口付けが気持ち良いのだ。上も、下も、ふさがれて、ねぶりあう。こんなこと考えてはいけない!でも、とうに身体は反応してしまっていた。

早く抱いて。

身体が灼熱のように熱くなる。

しかし、クロキは長いキスのあとゆっくりトキを拘束から解く。

「気持ちでは百年触れぬつもりで試練に挑んだのに、こんなにまた情欲に溺れては、なんとも決まりが悪いか」

そう言って、トキから離れてみせる。本当はトキの身体の熱に一番に気づいているのに。

狡い。

睨んでいるわけではないが恨めしく思ってしまうような気持ちになりつつも。

(クロキ様の言う通りだ)

すぐいやらしい気持ちになってしまう自分が悪い。だが。

(クロキ様も、反応して、くださった)

抱き合った時に体が密着したのでわかる。

「良いものを見せよう」

クロキが文机と使っているらしい机の元へと向かう。真っ黒な、珍しい紙を取り出して、

「来てみろ」

静々と歩いて近づく。

銀色の粉と水銀が溜まったようなたぷんとしたインク壺に羽ペンをつけて、サインをしてみる。

「そろそろ照明が消える時間だ」

午後九時頃か。

ガス灯が消える。

「これは……っ」

文字が書かれた時からわかっていたが、この光の目に見える粒子の発散。

「はじめてのお手紙に、使ってくれたものですね……」

「知っていたか?」

「いいえ、世にも珍しい魔法で書かれたものかと思っていましたが、ちゃんとインクでクロキ様が記してくれたものだったのですね」

「ここは妖精領ではないが、元王族という事で出入りできる秘密のオークションや怪しげなミイラを売る商人たちの集まる奇術自慢の店があったりするんだ。そこでこれを見つけた。馬で半日はかかるが。そこで、この妖精の翅の鱗粉の入ったインクだ」

暗闇の中、眩い光の粒が文机から上がっている。

「クロキ様、私、幸せです」

「俺も、この出会いが幸せだ」

紙に書かれた文字の発光と光の粒の中、また、ゆっくりと口付けをかわす。

それが合図だった。クロキがトキの手を取り、寝台に向かう。

「こんな醜く痩せた男に、毎晩抱かれるのは屈辱ではないか」

服をいつもより雑な動作で脱ぎながら、クロキは上半身を晒す。

「わたし、クロキさまにしていないことがあります」そう言って、トキは、自らの服のボタンを、少しずつ外しにかかる。いつもはクロキがしていることだ。クロキは、下半身に熱が集まるの感じていた。愛しい女が、自分から、その身を晒そうとする。していないこととはなんだろう。何にも想像が浮かばない。想像がつかない。

ほんの少し胸元を開けたトキは、そのままクロキに近づいて、少し顔を傾けながらキスをしてくれた。



トキから口付けを!


クロキは嬉しさに顔が綻ぶが、

その次が。


首筋、肩、気にしている骨の浮いたあばら、醜い

窪んだ臍、そして、


「これ以上のことを、するには、その、下を、脱いでください……」


要求に反応できなかった。

右拳を唇に当てて声を抑えて、と我が身に起きてい

る幸福感を、身体をくらくらと熱くする感覚。

何より愛しいトキからこの脆弱な身体に、大きな少し見える胸元を近づけられながらキスの雨を受ける潤い。それ上、これ以上のことをしてくれようという今後のこと。

トキがクロキの服へ手をかける。クロキも、応じながら

「トキ、無理をしていないか?」

「運命の恋なれば、いえ、もう世界は変わりました。クロキ様、これから私達、老人たちのいない世で様々な問題を解決していきましょう。なにが、言いたいのかわかりませんが、クロキ様がこの世界の『老人たち』や『結婚』のような運命に逆らおうとしたように、わたしも、戦いたいのです」

初めて、トキに全裸にされてクロキはトキの心持ちを嬉しく思いながらも、なんだか無理矢理脱がされたような気にもなって、トキのいつもの気持ちはこんな感じかもしれないと複雑な表情を作る。

そこから先は愛しい女に触られて、二度ほど達してしまったがトキの技量どうこうではなくて、自分が感じやすいか、トキが好きすぎるのだ。

「トキ、今夜は、ここまでで良いっ!」

「はい。旦那様」

その旦那様というのも、悪くない。

「トキ、今日は俺のことを旦那様と呼んでみろ」

「?、はい」

服を脱がさずに、トキに触れる。思い切りに洪水だった。

「このまま挿れていいか?」

「えっ、はいり、ますか?」

「わからない」

トキ相手なら何度でも反応するのですぐにでも行動に移したいが体が弱いので、息を整えてから、濡れそぼったものを、トキの入り口当てがう。

いつもはここで焦らすのだが。進めてみる。……入らない。強く押し付けてみる。

トキが恥ずかしそうに、着衣しながら脚を広げ

「もうすこし、した…」と誘導するといつもの道を見つけて


「あああっ!!!!!」


これだけ濡れていてもほぐさないのは無理があったかとクロキが様子を見る。


「どんな気分だ」

「いきなり、指より、太いのが、押し入って来て、くるしいっ……!!」


くるしめたい……。


先だけのものを半分まで進める。


「ぅんっ、ん、だんな、さまあ、ッ!!」


火がついた。多少痛がっていたとしても構わない。

ズン、と奥まで突く。


「はっ……ッ、ぁ!!」


まさかいつもやさしいクロキが強引に進ませてくるとは思わなかったのだろう。解されなかったびしょびしょの中できゅうきゅうと相手をいつもより締め付ける。


「俺の形がわかるか?トキ」

「?」

「他の男のカタチや反りを知りたくなる時はないか?」

「それはっ!旦那様!」

「あるんだな、だれのが欲しい。俺のことよりも好きなのか」

「あっあっあっあっ」

永遠に突かれて、永遠に奧を刺激されて思わず自分の胸がもの寂しくなり揉もうとすれば、すかさずクロキに服の上から揉みしだかれる。


「こんなにも溺愛しているのに不思議だな。白状する。俺も、トキ以外の女の具合はどうか、とメイドたちや村娘を見て考えることがある!」


腰で、手で、責め立てられながらトキも、自分も実はそう思うことがあることを悪びれもしないことに今、この抱かれている瞬間思いいたる。


「旦那様……」

絶頂を迎えて惚けたトキがもう十六歳の、一人の女として情欲に溺れながら、自分を激しく抱いた男を見る。


「そうだ、その目、その表情がたまらない。他の女なんぞそんな目で見てはいけない。歳ゆえに許されるかもしれないが、トキ、お前に俺はどう映る。俺には、お前は勿体無いくらいの、ひとりの可憐な、永遠の少女だ。お前が初めてくれた手紙のように。」


繋がったまま前のめりになり抱きしめて、

「桃色の髪。あの封筒と同じ色。あの和紙を何度も撫でた。開封するのに躊躇するほど、心に訴える何かだった。この城は風雨も多く、退屈だろう。でももう、そんな時は、こうやって、トキ。お前に会いにいけばいい。この黒い孤城で、眩い春。俺の女神。俺が手折ってしまった花。どこにも行かず、俺に愛されてくれ」


いつか話した。寝屋くらい、「本当」を口にしても良いのではないかと。本物が欲しい。そう切実に願ったあの、言葉。初夜を思い出しながら。


「クロキ様。好きです。初めて会った時から。確かに、クロキ様の言う通り、他の殿方としたらどんな感じなんだろうと、考えるとっ!」


恥ずかしがると、トキの中は締まる。


「もっと言ってみろ、トキ」


「こんなふうに中が、反応してしまう!でも、求めなきゃいけないのは私にとってはクロキ様一人。クロキ様だけが私に言葉も、キスも、……身体も与えてくださる。それが、すごく、幸せで嬉しい!」


言葉を聞いて、抱き合ったまま、クロキが腰を引いたり打ち付けたりする。


「あっあっあっあっ、だめッへんになる!あっあっあっ、あっ!!」


「なら止めるか?」


クロキも苦しそうだ。


「いや、止めないで、永遠につづけてっ!」


その日は夜通し、一人の男の息遣いと、一人の女の嬌声が仲むずまじく、いままでよりより深く強く、妖精の翅の粉の光の中で、二人合わさり、幸せな出会いを果たしながら響いた。


しあわせ……


幸せだ……


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