第18話 「老人たち」の最期の塵

ふたりは、あの日の婚礼衣装で魔術師たちの元へと舞い戻った。老人たちはため息をついて、

「初心に帰ったからといって貪った蜜月を見過ごしたりせんぞ」と落胆交じりに言う。

クロキは動じず、トキは見透かされた情欲の日々に恥じらいを持つ。クロキは金の薔薇のブローチをトキに託し、トキは金のアンクレットをクロキに託した。

そして、子供のローブが用意した青いカンテラへそれぞれの扉から入り、百日を過ごす決意をする。

子供のローブは

「お前たちの時は止めるが、外は動く、はじめっ!」

こうして、黒い髪に黒いマントの少年と、桃色の髪に白い衣装を着た少女がガラス一枚隔て、愛し合いながらも恋心を語る隙もなく、老人たちの挑戦に挑んでしまった。お腹も減らない。何も食べない。飲まない。体力も減らない。入浴も無用。百日。


子供のローブが、トキに話しかける。

「トキ、お前のことは嫌いではない。だが、百日にお前は耐えられない。その薔薇のブローチをクロキの見えるガラスへ投げつけよ」

「どうしてそんな事を言うんですか。クロキ様のガラスの前で、そんなことできません!!」

「中国四千年の歴史だ。トキ、お前は仙女だ。前の結婚の歴史がわからぬお前ではあるまい。痛みのわかる女は特別だ。そのブローチを投げつけよ。クロキともども、砕くがいい!」

「百日待ちます。四千年に比べればどうということはありません」

「あまり我が妻をいじめないでいただこう、それに、我が妻は十六歳だ。老人たちが手を出すには若すぎる」

「クロキ様、私は確かに十六歳です。しかし、桃源郷では、確かに四千年の歴史が生きているんです。今の形の結婚でなければ世界がどういった状態だったか……」

「出たいか、トキは。俺はそれでも構わない。お前はまた、俺の元に戻ってくる」


子供のローブが言う

「出るのは自由だが、どちらか一方は残すことにしよう。どちらかの時は止まったまま。同じ時を生きることができなくなるかもしれん」


意地が悪いな、とクロキが嘲笑する。

「トキ」

クロキが呼びかける。

項垂れていたトキはクロキの姿を見て言葉を待つ。

「百日経ったら、俺がどれだけトキが愛しいか、告げようと思う」

トキが目を見張る。

「わたしも、どれだけ、愛されて恥ずかしくて、嬉しかったか、伝えたいです」

「同じ気持ちを伝え合ってくれるのではないのか?」クロキが笑う。

「特別な言葉は、百日後にとっておきます」


二人で、この『結婚』のしきたりを、運命を、世界を変えよう。


お茶をしていた魔術師たちが焦り出す。


「今何日だ……?!」


「百日か……」子供のローブが呟く

……もういいのではないか。

子供のローブがまた呟いた。

他の魔術師が慌て出す。

「まだ三日だぞ」

「飽きたのだ、お気に入りの娘が、どこぞの男に抱かれていくのが」

子供のローブはフードの部分を捲り上げて、顔をあらわにする。あどけない姿の妖精のような容貌の、しかし、瞳だけは化石のように生物の死骸をいくつも込めたような退屈と、慟哭と、諦観。

そんな特徴を込めたような、エルフという種族。


「いたずらに顔をさらすな!」


他の魔術師が怒鳴る。


「老人め、もうやめよう。水の国には良い縁談を最初から占わさせよう。まあ、なくなっても良いのか?いや、この風習は残すか?なあ、老人たちよ、なぜ初めからそうしない」


「なぜなら!……なぜなら、……?」


「忘れたか、どんなに良縁を運んでも、人々が政略結婚をしていたからだ。やはり、『幸せ』、『出会い』にはチカラがある。おい、そこのふたり、もう出て良いぞ、」


風が吹いてカンテラの両扉が開く。

クロキが、トキが、おずおずと、出て、二人歩み寄り互いの存在を確かめ合うように抱き合い、キスをし、まだ足りない。ブローチをトキがクロキに付け直し、クロキはひざまずいてトキにアンクレットをつけてやる。


「いいのか、これで」

仲間の魔術師がエルフに問う

「『結婚』の『取り決め』。もともとわたしの案ではなし。古いのだ。それに、意味がわからん、と思っていた。だから、今回はこっそり良縁を混ぜたのだ」


『ええええ!!!!』

他の魔術師が出し抜かれていた。


「そんな、皆で決めた盟約に背く事をすれば、おぬし、」

「たとえ、この身千々に砕けようともな、もうこんな心の死体を積み重ねていく結婚は見ていて辛い。水の国に話を通して一件だけ良縁の見合いを取った。それがそこにいる、元王族と仙女の薬師の家系よ」

「われらに相談もなしにか」

「言わなきゃ現にバレなかったではないか」

「そうではない、頼ろうという気持ちはなかったか」

「どいつもこいつも聞く耳持たないのがよくいう、さて、早めに返してやりたいがわたしの消滅まで待て。まだ、おぬしら二人の時は止まったままでな。予知によってトキという娘が来ると分かった時は嬉しかったぞ。わたしの得意技は時の魔術だからな。ちなみに千里眼も持っておって、トキの名前の由来はどんなトキも幸せに。クロキ、貴様はなあ、生まれた日が嵐で雷が屋敷の木に落ちて丸焦げになったので、安易に黒木という響きで名付けられたのよ、まあ、名前にロキが入っていて途中から嬉しがっていたな」

エルフの体がひび割れ、砂埃が少し舞う。

「ろくな親じゃない、と思ったかもしれないが、この世の全ての、ここ二千年くらいの婚姻の縮図は全て、わたしの責任だ。この制度とともにわたしは滅ぼうと思う。いや、滅ぶ。帰りは心配するな、お前たちには水の国の者を味方につける」


小さな子供が崩れ去っていくようで、クロキもトキも愕然とした気持ちですべてを見守っていた。


「巻き戻していたわれらの時はどうなる?」

「じぶんでなんとかせえ」

「この歳で時間体感操作は堪えるな」

「それだと己の感覚だけが時間を巻き戻したり早めたりするだけだそ」

「そうだった、ん?ならばこれで」


「全員お別れではないか?」

「そんなにエルフに頼ったか?」

「もうひとに命令されなければそれでいい」

「命令する側も大変だったな」

「さいごだ、エルフよ、わたしたちよ、お疲れ様」


円卓が砂埃に包まれて、塵となって人影が消えた。

クロキがトキを抱きしめながら言う。

「こんな最後なのか?」

一歩踏み出そうとして

「二千年、相性の悪い家同士を結んでおいて、良縁をたった一つ気まぐれに忍ばせて、全ての老人たちが消え失せるような、これから先、どうなる、望んでいたのに、なにも浮かばない。浮かばれない」

トキはこの世に命令を出す「老人たち」がいなくなった事で、世界がどうなるのか、それを憂いていた。




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