第17話 百年の時
それでも毎晩。
月のものが来ない限りは、クロキはトキの元を訪れて他愛もない話をする。トキは故郷の自分の部屋には薬草がいっぱい干してあるから常に野原か山を詰めた箱の中で寝ているような気分になる事。
こうして話しているうちに家族のことの話になると涙が出てしまう事。その度にクロキが身も心もたくさんのキスをして、どこにもふたりの隙間のないくらい愛すること。いつまでも絶えないトキの涙を夜通し黒い厚い生地のシャツで拭う。痩せていると思われたくないのだ。家族を思って涙の止まらないトキを抱いたこともある。時にはクロキがその気でなく、自分の眼の色が白眼と瞳で色合いが近くて気味悪がられる話を、切なく語り、自室に戻ろうとしたところをトキが「今夜は共にいましょう?」と引き留めたり。毎日のようにたくさん、抱いて、抱かれた。
そして、ある日転期が訪れる。
あまりにも愛し合う二人を見て魔術師たちが激怒したのだ。
突然水の国のローブを被った二人が現れ、男女の声で
「あなたがたを拘束します」
水の波紋が襲いかかり。二人は見たこともない。高い白い美しい石像の建築物を目の前にする。
建築物は、細く、しかし滑らかな線で構成されている塔のようだ。根元には五人くらいが座れる、これまた美しい同じ石で作られた、磨かれた円卓があり、五人の魔術師が座っていた。
みな水の国の者のように全身を覆うローブを被っていて、一人は子供のようだった。座った状態でも足が見えないほどローブが長い。
やがて、一番背の高い存在がこれまた地面も滑らかな石で、そこを歩みを感じさせない動きで滑ってくる。
「きみたち、ふたりは、なぜ、こちらに呼ばれたのかわかるかな?」
クロキが言う。「あなたが魔術師か」
「いかにも」
「両親を殺したか」
「いかにも」
クロキは殴りかかるような人間ではない。
「理由を聞いても信じられないけど、聞こう。なぜだ」
「なぜって……」
邪魔だったからだよ。
その一言に尽きる、とまで言う。
「俺は両親に嫌われていたから、いい。しかし、その両親は魔術師と水の国に結婚を決められて自暴自棄になり、奇跡的に俺が生まれた」
トキは初めて聞く話に驚いた。もしかしたら自分の両親もそうかもしれない。一体いつからの風習なのか。
「そうまでして政治や婚姻を制御したいのはなぜだ!」
「命令されるからかなー……」
魔術師は、ため息のように絞り出した。
「反対に位置する大陸が邪魔だから、と言われ。そこに根付いた綺麗な珊瑚ごと動かしていいのかと思ったら、珊瑚だけは全て宝石にするから取ってこい、と言われて、大地震が起きるのもわかっているのに大陸を移動させた。たくさんの兵士を撃つのが怖いから、代わりに必中の銃弾の雨を五万発降らせてくれと言われた。兵はもっと少なかったのに。弾を使い切ったらまた作って金儲けするってね。ある日、大怪我をした人がいてそのくらいの怪我ならただで治せると言ったら、お前たちのタダは怖い。代わりに気に入らないやつにこの大怪我を移してくれ、そしたら怪我が治されたわけでも、治るまで時間を待つこともなく、嫌な奴が一人苦しむだけだ、文句はない、ってね。ある時、時間を戻したら戻した分だけ、なぜか自分だけが歳をとっていて、今度は時間を進めたら若返ったけど、そんなことができるなら上官を殺しにくるテロリストがくる日時を伝えろ、迎え撃てば自分は正義のヒーローだ。あるときは子猫と子犬がいて、どちらか一方しか飼えないのだけど決められないというから片方を勧めたら、やっぱりどちらも助けられないならどちらも助けない。
だから、
魔術師さんが全部やってよ、
できるんだからさ」
ってね。
たしかに、なんでもできた。
より強い賢い種を作ることもできる。
だが、そんな時、中立の水の国が言ったんだ。
「より弱く、愚かなものの方が、憎まれっ子、世にはばかる。自分自身のことしか考えず、わざわざ希少でご高名な魔術師の方へ偉業を頼もうとは考えないのでは」
「そこで我々は反対した。より弱く、愚かだからこそ厄介ごとを持ち込むんだ。その前に、破滅させてしまえ、水の国の者」
我々の心は脆弱なのに、頼まれるのは、環境破壊、人類の殺戮、身勝手な願や頼み。
いつのまにか、政治や結婚まで細かい決め事をして運営してきた。相性の悪いところをくっつけるのもその一つ。
淡々と円卓に座る者たちからも声が響いてくる。
そのなかで、子供の背丈のローブの裾の余った魔術師がクロキとトキに宣言する。
「ふたりのじかんを止める代わり、むこう百年、お互いに触れ合わなければ、結婚の『取り決め』を白紙に戻しても良い」
他の魔術師が驚いた。
「おまえ、いちばん厳しかったのにどうした。百年は人間には長いが甘いぞ!何百、いや二千年はくだらない期間の処置だぞ、結婚の『取り決め』は!」
子供のローブが言う。
「担当に疲れた。好きに結婚して刃傷沙汰や報われぬ子供達を見るのも辛い。しかし、望まぬ結婚を見届けるのももう何千何万件。結局愛されぬものが出てくる。それに対して、このふたり、まだ大切な事を何一つ口にしていない。何度も機会はあったのに、珍しい例の中でそこが気に入らん」
子供のローブが手を上げて、宙に振ると。
青い大きな、人二人入れそうなカンテラが出てきた。
「余は灯りが好きじゃった。まあお前たちは暗闇の方が好きだろうがな。余の趣味じゃ。このカンテラに入って互いを見つめ直せ。長いぞお、百年は。常にいなければいけないと言うわけではない。ただ、このガラス一枚隔てたところでしか、お前たちは会えない。百年の時、超えて見せよ」
ちなみにどうして二人が呼ばれたかは、実際に堕落の限りを尽くされている気がして魔術師たちが、やはり怒りにも似た嫉妬を覚えたからだ。
さらに、納得のいかないクロキがとある質問をした。繁栄を望まないくせに、どうして自分には元王族としてだの子作りの練習まがいの行為をさせたのか。
理由は、クロキの両親がクロキを愛さないから。その憂さ晴らし。気晴らし。
魔術師たちはいろいろを抱えてめちゃくちゃだった。愛ある世界の自由な恋愛では亡くなる子が少なからずいた。なぜなのだろう。勝手に愛を育むからだ。ならば愛を制御し、出会いを制御すればよいのでは、と。しかし、クロキの両親は、互いにちがう人物に後々出会い、溺れていき、それぞれの家族の暗殺まで考えていた。
そこまでの世界ならいっそ、別れた方がいい。
クロキが言うと魔術師たちは今度は別の話に取り掛かっていた。オゾン層の破壊を止めて尚且つ復活させる呪文を編み出し始めたがそれよりもずっと会社を引き継ぐと思っていたものがいきなり退任し、一新するのでデザイナーにロゴの天啓を与えなければならない。また、気にしていた猫と犬がどちらも同じ国で今は生きていることに一番の驚きを見せた後。
子供のローブがまた宣言する。
「百年は長いな。我々も疲れた。百日でどうだ。それとも、別れた方が幸せか?ならば離縁の規律を見直そう。たしかお主も一度経験しておったな」
子供のローブはクロキにキツくあたる。
とりあえず着替えてからやってこい。
百日ここにおいてやる。
子供のローブが手を振るとクロキとトキの元に風が巻き起こり、水の国の者に連れ去られた場所へと戻された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます