第10話 キスから始まる

それは、夜の1時ごろのことだった。

「奥様、失礼ます」

シノブさんが髪を櫛でといてくれたり、かるく化粧までしてくるので

「これは、なんの騒ぎですか?」

「トキさま、いやだったら、いやだといってだいじょうぶですからね」

その言葉だけで不安にさせられる。

もう十六だ。親元を離れてこのような孤城でも誰かがいてくれるなら安心して眠れるのに。

開かれたままの扉の向こうで昼間のマント姿のまま、旦那様が控えていて、扉をノックされる。

「では、わたくしめはこれで」

しのぶさん……と力なく手を伸ばす。

晩餐の時には、旦那様はいなかった。

「旦那様」

「クロキでいい」

「クロキ様」

扉から、そこからクロキ様は動かない。

「ご飯、食べましたか?晩餐、とやらにはいなかったから」

少しの間があり

「あんな非道いことをした男と食事は嫌だろう」

と暗闇の中、蝋燭も無いのに、月明かりで世界は青白く映る。

「これから何が起こるんですか?」


クロキが沈黙する。


「側に寄ってもいいか?」


また同じ事をされる!心臓が早鐘を打つ。


「俺のことが嫌いか?」

「いいえ」

「では、憎いか?」

「?、いいえ」


ゆっくりと、生まれたばかりの赤子に近づくように、クロキ様が近づいてくる。

「この結婚が嫌なら、大声をあげて逃げても構わない」

言葉とは裏腹に寝台の横に膝まづいて手の甲へキスしてくる。

「なぜキスをするのですか?」

「キスか。接吻や口付けではないのだな」

「いろんな文化が桃の国にも流れてきますから、それに物語も好きです」

「荊姫の話か」

「はい」


クロキはだんだんと、ゆっくり手首から腕へとキスを移動させていく、このままでは、

「クロキ様」

「クロキでいい、一分一秒でもはやく、抱きたい。今夜は初夜だ」

湖色をした寂しげな瞳が、月明かりで、より寂寞とした少年の悲哀を写す。

気づけば寝台に乗り上げ、トキを見下ろす男が一人。それでも身体はマントに隠れてその形がよく分からない。

「俺が嫌いか?」

何度でも問うてくる。

「はずかしいです」

「せめて、寝屋だけは、本当のことを言ってもいいのでは無いか?これから先、何があろうと、信じられるように、仮初でもいい。どうか、俺の『本当』を教えて欲しい」

クロキがやわくトキの耳を噛んで咎める。トキは眠気まなこだが、だんだんと顔が熱くなる。

「嫌いでは無いです、それから、私、いやらしいんです」そこから先は恥ずかしくて言えそうに無い。

「初夜は嫌か?」

「わかりません」

「それでも、抑えきれないので、抱く。理由は、耐えられないからだ。ゆるしてくれ」

「どうしてもですか?」

「後悔させない。抱かれても、トキの、信仰は失われない」

「初めて名前を呼んでもらえました」

「そうだったか、いやか?」

「いやじゃないです。たくさん、呼んで欲しいッ」

するとトキは泣き出してしまう。

そんなトキを、男にしては細腕のクロキが寝台に押し倒して手首を固定する。

まだあどけなさの残る美女が、楕円の形の二つの胸をはあはあ、と大きく振るわせながら泣いている。泣くたびにそれは震えてたまらない。腰はくびれて、スリットの入ったデザインのドレスからは形の良いへそがこれまたぴくついて股は硬く閉じながら、長く美しい脚は絡ませても肩にかけてもゾクゾクするだろう。トキは、処女だ。そんなことはなんとなくわかりきっている。ただ、手を出すには、嫌われていないかが、どうしても知りたい。馬車でのことも謝ったにしても傷つけただろう。それでもあえて今夜来たのは、策略に勝つためと、一番は、やはりトキが魅力的だったからだ。今夜抱きたい。

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