第9話 花嫁衣装で傷つかないように。

食べたことのない肉料理が出た。そして、あてがわれた部屋は。

「前の、妻の部屋で悪いが、どうせ一日しかいなかった。我慢してくれ。ここならなんでも揃っている」

確かに大きな四角い水浴び用のタイルのお風呂。水面には黒薔薇が散らされていた。数名の女性に体を恥ずかしくも隅々まで洗われる。

お風呂から上がれば使用人、女性たちがまた何人か現れて、全身くまなく布で拭かれ髪も丁寧に香油を塗り込められる。香りが独特の花のようで、気になったら椿だった。懐かしい香りだが違う場所で嗅ぐとまた違う一面がある。

ここまでで、シャンプー、リンス、コンディショナーなど、さまざまな物品と出会う。

馬車での中のことは忘れられないけれど、お姫様のような扱いを受けて、自分はここに嫁入りしたのだ、と強く思う。

「奥様」

「私、奥様、なんですね」

「はい、ローゼン家に嫁がれた方としてそれ相応の振る舞いをしていただきます」

「は、はい」

「と、いうのは、だいじょうぶ、建前ですよ、奥様」

「え?」

「桃の国からいらしたんでしょう?本日のお料理はお気に召していただきましたでしょうか?仙人や仙女の方と聞いて屋敷中で考えたのです。今夜の晩餐、問題ありませんでしたか?」

「はい!故郷では漢方やら精進料理や薬膳料理ばかりで。仙桃を食べればお肉も必要なかったので、羊のお肉、驚きました!」

「そんなに身体に良い物を毎日、では、きょうの料理は重たかったのではないですか?」

「重い、とはなんですか?」

「胃がもたれることです。なにか異常があれば、すぐ私達の誰でもお声がけください。ご主人様のおかげで、わがローゼン家は卑しい老人たちの手の届かぬ、まあ、辺境といってはなんですが。トキ様もどうか心配なさらずに。なんでも聞いてくださいましね」

そう言われても。

一番信頼できる人が誰だか分からない。なので、馬車での事を、思い出すと恥ずかしくて、身体が熱くなるあの出来事を、一体誰に相談すればいいのか分からない。

「女性の使用人の方全員に聞きたいことがあります」

意を決してトキは発言する。

「水の国の使者からいただいた、虹色のお茶のことなのですが」

すると、一番ここを取り仕切っている年配の女性が皆を下がらせた。

「それは旦那様もお飲みになりましたか?」

「はい、ふたりで」

女性は考え込む。

と同時に、トキがその時を思い出して涙を流す。

女性は触れようとして躊躇して

「トキ様、辛い目にあったのならこのシノブも共に悲しみましょう。どうなさいました」

「お茶を飲む前、私、私、ッ……」

初めて見る旦那様を見て多分いやらしい気分になっていた。でも、そんなこと言えない。

「私、最初、旦那様に、一目惚れしてしまって」

「まあ、それは、我らがご主人様が大変お喜びになります。あの忌まわしいお茶の事は無理に知らなくて良いのです。ほかに、なにか、言っておきたい事は?」

「おそらく、旦那様は、わたしを……、わたしに、何をしたかったんでしょう……」

トルソーに飾られた花嫁衣装。そのデザインは軽さと動きやすさと天界をイメージして作られていた。

「宗教画のようなドレスで素晴らしいですね。トキ様。今夜はこれを着て眠ってはいかがでしょう」

「婚礼衣装を、寝巻きに?そういう風習があるのですか?」

「いえ、シワなどが気になるようなら、良いのですが素敵な気持ちで選ばれたんですよね?」

「はい、私には遠い存在ですが、オリュンポスの神々やギリシャの女神や、あまり詳しくないのですが、女神のようにせめてなりたくて。白い軽やかなドレスに」

「でしたら尚更、よければ着てあげて差し上げて欲しいというのは、……わたくしどものわがままですが。翌日必ず綺麗にいたしますのでどうか、お召しになってお休み願います。トキ奥様。そのアンクレットもいいですね」

「これは響きが気に入っているんです。腕輪でも首飾りでもない、アンクレット。いつの間にかうちにあって、嫁入り道具にくださいと言ったら良いと」

「素敵なご家族で。さあ、もう、寝ましょう!トキ様」

「?、まだ8時です。」

「少しでも寝ておいてくださいな。だいじょうぶです。我が当主を信じてください」

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