第7話 策略の虹色の茶

「では、トキ様。クロキ様の黒い馬車へ」

「入って良いのですか?」

仮面をつけたクロキが馬車の中でトキに手を差し出す。

それだけでもう、またさっきの感覚がよみがえってしまう。どうしよう、清い心持ちでいようと思ったのにこんなにもすぐ揺らいでしまうなんて。私はいやしらしい娘だったんだろうか。ただ、先ほどのような身体の疼きはあらわれなかった。余韻だけが下着を湿らせて、乙女であると同時に本当に何も知らないトキははやく乾けばいいのにと、その雫たちの意味を知らない。

一方、さっきの虹色の茶を飲んでから、クロキは透明な窓とやらを、頬杖をついて、はあはあ、と熱い息を吐いて、両足を組んで。何かに耐えている。

なにか、話しかけたほうがよさそうだ。

「具合が悪いですか?」

「悪いわけじゃない。ただ、今回ははずれだった!」

マントにくるまりながら、少年が熱病に浮かされるように顔色の悪かった頬を赤くしている。

トキにはそれだけで十分愛しく思える変化だったが

「だいじょうぶですか?具合が悪いなら出ましょう!」

しかし、トキには馬車のレバーの仕組みがわからない。押しても押しても壊しそうで繊細なようでいて強固だ。

「開け方はこうだ……」

熱い吐息を吐いてから、少年が銀の取っ手を下に動かそうとして、動かなかった。


外で水の一族が言う。

「結婚の儀式として、おふたりには、しばらくご歓談いただきます」


水の力で、少年の黒い馬車の取っ手は強く固定されていた。

「くそっ!!」

先ほど一瞬顔を見ただけの少年がふらつきながら激昂する。

男の人の怒った姿に慣れていないトキは体をびくり、と震わせた。

なぜ、彼はこんなに苦しそうなのだろう。

「さっきの虹色のお茶ですか?」

その時、少年が仮面を引き剥がす。

血走った目に、泣きそうな湖の色の双眸。

そこからは強く押しつけられる唇と、唇。

右手はトキのか細い白い首を後ろから掴んで離さない。馬車の中で、だんだんとトキに馬乗りになっていく少年。

「まだ、名前も聞いてないのにッ、たすけて、だれか!」

「クロキだ、だめだ、っ今回の茶は、催淫剤だっ!」

クロキ……。

クロキ……。

「クロキさん、やだ、たすけてッ」

自分は桃の国で仙桃を食べながら暮らす仙人、仙女のような薬師家系で生きてきた。それをこんなカタチで、何かが起ころうとしている。信仰だってある。弓の名手アルテミス様だ。一生を誰とも交わらずに生きてもいいと思っていた生娘だったのに。

クロキの唇が下に優しく滑るように降りてゆき、いたずらに胸にいくつか吸い付いて、白いドレスの衣装を託しあげられる。

「いや!待ってください!」

どうして脚を露わにされるんだろう。どうしてこんなに上から下まで降り続く雪のように口付けされるのだろう。何から何までわけがわからない。それでも、故郷のお婆さんから言われたとある言葉が引っかかる。

「大事な時は、あしを動かさないようにね」 

「嫌なら今の時代断ってもいいと思うよ」

いまは大事な時なのか。

自分はいま嫌なことをされているのか。

再び、ドレスをたくし上げられたまま、少年クロキが唇へとキスをしてくる。なのに、クロキの右手はトキの股へと伸ばされる。

「!!!」 

下着の上から何度も何度も撫でられるが、クロキの気持ちがわからない。やがて、するりと、綺麗な指が一本だけ、トキの大事な部分へと触る。そこにはクロキを、少年を初めて見たトキに感じた余韻が残っていた。

(あ、あ、)

なんて淫らなんだろう。白い衣装を乱され、下着の中に指を入れられる自分と、痩せてはいるが、肩幅はしっかりした黒いマント、黒い衣装の少年。胸には金のブローチ。

外には水の国の人たちもいるのに。

やがて、クロキが小さな泉を細く美しい指で輪郭をなぞる。トキが感覚の分からなさに涙を流す。

「痛いのか?」

クロキが労りの声を掛けて、指を、ぬめりに任せてゆっくり下着から抜く。

「おねがいです、どうか、これ以上は、どうか」

クロキは豊満な体に、今まさに下腹部を濡らす美女にこんなふうに泣きながら懇願されて、どうしても抱きたくなるのを。

上の策略にハマるものか、と腹を決めて気持ちを抑えた。

こんなもの、無理矢理襲うのと変わらない。

「もういいか、水の国の者よ。これ以上は我が妻が今後私を恐れて悲しむことになる」

クロキは水の国の者に呼びかける。

「はい。虹色の茶の儀、確かに見届けました。おふたりが無事、結婚なされたこと、老人の方々にお知らせします」


男女の水の国のものは声を揃えてそう言うとクロキたちの乗った黒馬車を水の波紋側へ移動した。

トキの涙はなんとか乾き、衣装も整えた。

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