第6話 性欲減退と催淫の虹色の茶

クロキは、仮面をしていた。しかし、すぐに外した。相手をよく見よう、としたのかもしれない。わからない。真っ黒な黒い鳥の羽のついた、刺繍もなにもない、ただ、目元の印象を隠すためだけのモノ。

目の前にいたのは、神話に登場する、それよりもまだ少し幼いようで。それでもどうしようもなく抱きたくなるような身体をした愛らしい娘だった。

自分の思いに蓋をする。実は婚姻はこれが最初ではない。しかし、初夜を迎えた日の翌日。新妻から早速離縁を叩きつけられた。

「あんな醜い身体の人と、番うなんて我慢できない!」身分ある令嬢が自室で喚いていた。

(きっとあの令嬢も処女じゃなかったのだろうな)

もちろん、自分だって、女性の抱き方を家臣たちに教えられるまで、「女」を知らなかった。「初めて」のことは、なにが初めてなのかわからなかった。ただ元王族の当主たる者、いつでも子孫を残せねばと、老人たちが薄ら笑いを浮かべながら決定し、家臣たちも従うしかなかった。

ただでさえ痩せた身体を、脂肪のついた女の前に晒して、男女の営みのため動いて見せろと言う。その

快感は嫌いではなかったが、行為は憂鬱ではあった。

結局、最初の妻とはうまく繋がらずにたった一日で離縁した。

せめて、花くらい、と庭から黒薔薇を一輪摘んだが令嬢のいる扉の前で、悲しいとも虚しいとも近い気持ちで黒薔薇を弄び。

自分の気持ちだけじゃなく、妻にやる花まで弄ぶこともない……、と哀愁を感じながら自室に戻った。花は悪くない。ただ自分が醜かっただけだ。

ここには、ハーブ園の他には黒い花しか咲いていない。全ての色を混ぜた黒こそが、最も強い色だ。

しかし、二人目の妻は、柔らかでハリのある谷間に、二の腕から伸びる腕は光を反射して天界から現れた女神のようで、足首には金の装飾が一つだけ。腰はくびれて、さぞヘソも小さく、脚はすべらかで永遠に触っていたいだろう。

自分が、初めて、女に欲情していることに気づく。

それはちょうどいいことだ。

早くこの女を組み敷いて、自分のモノにしたい。

クロキは十六歳の、もう大人だった。


一方、トキは全身を黒いマントで包まれた相手にどういった感情を抱いていいかわからなかった。

顔色さえ仮面で覆われて、口元は氷に薄い桃の薔薇の花びらを乗せたように色素が薄い。顔色も真っ白だ。

あなたはほんとうに痩せた狗なの?

それでも歩み寄らなければならない。

と、相手が仮面を外した。湖の瞳の色だった。どこまでも色素が薄い。一瞬、色の境目が分からずに恐れたが、相手にそれも見透かされて申し訳なく思った。そして、奇妙な感覚があった。

触れられたい、と感じたのだ。どうしてそうなるのか。会ったばかりの相手に、処女である自分が、春画ですら見せてもらえなかったのに、溢れてくるものが止まらない。どうか、はしたないけれど触って欲しい。これ以上はもう、言葉を知らない。身体が熱い。下腹部が溢れそう。臍や腰がきゅうっ、と不思議なねじれを起こす。このまま、こんな熱い身体で触れ合ってしまったら!


「お二方」


トキが我に帰り、クロキは仮面を元に戻す。


「夫婦の誓いに、こちらの虹の茶をお飲みください」


ふたりのまえに、


虹色に輝く液体の入ったティーカップと。

虹色に輝く液体の入った湯呑み。


身体の熱や、下腹部の濡れを感じながら、これは卑らしい気分でイケナイと胸に手を当てて大きな胸を上下させるトキは、素直に飲もうとし、

「これはどういったお茶ですか?」

と水の国の使者に聞く。

「結婚をする者は皆飲むのです。味はこの世の天国にございますよ」

女性の方が言う。

クロキの方は

「またか……」

と呟いた。声はどこか掠れていて、少年のようなのに男の気配がし、トキはクロキの声にすら集中してしまう。きっと、これが、男の人と触れ合いたいという気持ちなんだ。いずれは、一線を超えて、私はこの人と。それだけで、ゆー、っくり。

頬を好調させながら虹色の茶を飲む。

クロキはとっくの昔に飲んでいた。


「さて、おふたりはどちらの国で暮らしますか?一緒であれば、どちらの国でもかまいませんよ」


トキは考える。両親が忙しいからクロキを迎えることは難しいだろう。と、そのとき、胸の鼓動や、クロキへの欲望が、一気に引いているのが分かった。


クロキはやや苦しそうに、

「我が屋敷に来い。必要なものはすべて揃えてある」


トキは、故郷から離れることを悲しく思いながら、「よろしくお願いします。旦那様」


こうして、トキはクロキの眠りの国の漆黒の王城で暮らすことになった。


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