第5話 砕かれて、散りばめられて、宙に映る

桃の国。

五色の鮮やかな輿にかつがれて、トキは、豊かな胸を強調した白い女神のようなドレスで両拳をキュッと握り、見慣れた桃源郷から何やら水の波紋の転移門へとやってきた。

両親はこんな時でも薬師のお仕事だ。娘の嫁入りまで?! 装飾品は、首飾りは緊張で喉が締まる。腕輪は冷たさに緊張感が増してつらい。だから、細い、トキが持っている中で一番高価な金のアンクレットを足首につけた。装飾品はそれだけ。

遣いの水の一族の。

顔も見えないローブを被った輿を担ぐ者が(といっても水の魔術で輿は少しの震えもなく浮いている)

「準備はよろしいですか?トキ様」

女性の声だった。あんしん、した。なぜか。

「よろしいで、っ、問題ありません……」


一方、眠りの国。やっと雨が止み。木々から雨粒が垂れ、芝生がきらきらと珍しく輝く、漆黒の王城のクロキは。

複雑な紋様の窓にもたれかかって痩身の体で浅い息をしていた。天気の移り変わりで呼吸が苦しくなる。家臣は、ご主人様、そろそろ、と。黒い馬車に黒い二頭の馬、この日のために選りすぐった結婚のための最高のモノだった。それへ、とおずおずと促す。

「わかっている!!ッ」

身体が丈夫ではない。黒い重い婚礼衣装も息をぜえぜえと苦しませる。マントの金のブローチは付けるか悩んだが、先日の手紙の件もあり、彩り、というものを求めてみることにした。


それだけでも、クロキの中では大きな変化だ。


雨の降る中では特に具合が悪くなる。ぎりぎりまで雨が弱まるのを待って、馬車に乗ると、しかし、不思議な安心感があった。

両親は皆の集まり、踊り、食事の舞う、そんな華やかな場所で堂々と毒殺された。食前酒だと皆が怪しまずに一番先に煽るもの。それでだ。振舞われた量も、人数も、回数も多く下手人は捕まらなかった。酒はいい。でも、毒は嫌いだ。嫌な思いしか抱かないのに、馬車の中は心地がいい。密室なだけで危ない。危ないのに

(つぎはじぶんでは?)

そう思うと嗤えるような自分がいる。

これから結婚相手に会いにいくのに、仇にでも遭遇するような。

馬が突然いなないて宙を高く前足で駆け、動揺する。馬車自体はそんなに揺れなかったが、訓練された我が家の黒い馬が動揺するのは珍しい。扉を開けて理解する。

(水の国の者め、転移門を馬が恐るのは当然だろう!)

馬は温厚だが、見た事のないのものや珍しいもの、煌びやかなものに対しては気をつけなければならない。


すぐ近くの空間がひしゃげて水の流れのように脈打つと、水の一族のローブの者がその空間から現れた。男の声で

「申し訳ございません、クロキさま。ここから先は、どうかクロキ様ご自身でお進みください」

「馬が恐るのにこのまま進めというか」 

どんな場所か分かったものではないところへ単身で。

いかに政治の実権をほぼ握っている水の国の者でも臆さない。

「クロキ様だけでお進みください」

相手は鸚鵡返しだ。

まだ足元がおぼつかない。弱さを気取られるのは嫌だ。

「馬をそこの木に結ぶ。あとはお前たちの水の力で馬車を転がせ」正直、乗っているのもつらい。


「むこうのトキ様の輿もそのようにお運びします」

(輿?)

どういったものか。馬車ではないのか。


水の波紋を通るとそこには青空に紫の薄い色を溶いたような水の中のような。

幻想的な空と宝石を砕いたような光の乱反射。

雪や星を細かく散らしたような地面。

しかし世界の色はそれだけではなく、全体的な色は茜色のようであって、少し経つと夜空を割ったような場所へ桃色が写ったり。やがて真っ黒になったかと思うとひとつの光だけが、消えずに留まる。

繰り返される、トキにとっては万華鏡。

クロキにとっては、初めての色彩の歓迎。

この世の。

あらゆる感覚にうったえる色彩が輿に乗り外を盗み見たトキと。

黒い馬車の窓から見上げたり、見渡したりするクロキの前に広がった。


ふたりのおもいは、うつくしい、のひとつだけ。


二人の水の国のローブの使者が言う。

「おふたりとも、ご対面です。輿と馬車からどうかお降りください」


どうしよう、変な服じゃないよね……


この世界も悪くない、と数秒は思えた絵空事だった……


周囲の色彩は落ち着き、明るい水底のように光が吹き込む。一面の光の園。

ふたりはまたそれぞれの感想を抱いて、水の力で巻き上げられる簾と、下げられるレバー、開かれる扉。


黒と白の少年と少女が、初対面する。




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