彼がなかなか私を殺してくれないので、これから浮気してくる。

秋桜空白

第1話



「あ、あの、ずっと前から好きでした。私のことを殺してください!」



好きな人に告白をした。

顔はあまりタイプではないが、穏やかで底抜けに優しいところに惹かれた。

そんな彼に殺された時のことを想像すると私はどきどきして胸がいっぱいになった。

いつか本当にそうなってほしいと私はずっと思っていたのだった。



彼は私の告白に困惑しているようだった。

「告白してくれたのはすごくうれしい。でも君を殺すことはできない。俺も君が好きだから」

と彼は言った。

まあしょうがないか、と私は思った。

代わりに私と彼は付き合うことになった。



彼と付き合ってからは毎日がとても楽しくなった。

朝起きたら真っ先に彼のことが思い浮かんだ。

毎日のように彼と会って日が暮れるまで一緒に過ごした。



そのうちに

「どうせ毎日一緒にいるんだし、同棲しようよ」

と彼に言われ、アパートを借りて一緒に暮らすようになった。



彼はいつも優しかった。

私が不機嫌な時も、わがままを言ったときも、怒ってひどいことをした時も

彼は私を受け入れてくれた。



そんな優しい彼が私に怒りの矛先を向けて殺そうとするところを

私は一人でいるときによく妄想した。

いつか、彼はそんな激情を私に向けてくれる日が来るだろうか。

考えていると私は胸が切なくなった。



付き合い始めて一年経ったときのことだった。

私はあえて彼にばれるように浮気をした。

私が浮気していることがわかると彼は悲しい顔をした。


「なんで浮気なんてしたんだ。俺に何か不満があるのか?」と彼は言った。


「そうね、あなたの顔がずっと好みじゃなかったの。それに一緒にいてもつまんないのよね」


「……これからはもう浮気しないと誓ってくれ」


「いやよ。これからも浮気はするわ。良い人を見つけたらあなたと別れるかも。いい人が見つからなかったら、しょうがないからこれからも付き合っていてあげるわ」


私はあえて彼が怒りそうなことを言った。

さすがに彼も私を憎んで頬をぶったりくらいはするんじゃないかとどきどきしていたけれど、彼は悲しい顔をするだけで怒ることさえしなかった。



それからも私は浮気を繰り返した。

二回目、三回目くらいまでは彼は傷ついていたけれど、

回数を重ねるごとに彼の反応は鈍っていった。



私は寂しかった。

本当に寂しくて寂しくて仕方なかった。



このままではいけないと思った私は、ある日他の男の人との子供を妊娠した。

さすがにここまですれば彼も私を殺してくれるだろうと思い、私は藁にもすがるような思いで彼のもとへ向かった。

妊娠の報告をすると彼は壊れたように泣き叫んで、

棚やテーブルにあるものを感情のままに床に落としてぶちまけた。

そして、部屋の隅に体育座りをして耳を塞いで何もしゃべらなくなった。



それだけ?と私は思った。



それで私は彼の耳元で

「あなたよりかっこいい人と結ばれてできた子供なの。どうしても産みたいの。お願い。私と結婚してこの子の養育費を払ってくれない?」

と言って追い打ちをかけた。

けれど、彼の耳にはもう私の言葉は入ってきていないようだった。

彼は一言ぼそっと

「死にたい」

とだけ言って、自分の殻にこもってしまった。



翌日、彼は本当に自殺してしまった。



彼が自殺した瞬間、私はこれからの人生に何の希望も見出せなくなった。

私は悲しくて仕方なかった。

結局彼は、私のことを愛してなどいなかったのだ。



周りの人たちは私が彼に浮気をしていたことや、他の人の子供を妊娠していることを知って、まるでごみを見るような目で私を見た。



いくら浮気をされても、それを許しつづけた彼はとてもやさしい人だったのね。

あんなひどいことをされても決して別れを告げなかった彼は本当に彼女を愛していたのね。

と周りの人たちは口々に言った。



いや、違うと私は言ってやりたかった。

彼は辛くて悲しい状況に置かれている自分を愛していただけで、

私を愛していたわけじゃない。

本当に私を愛していたなら、自分を汚してでも私を殺そうとしたはずだ。



結局彼は、私と一回も本気で向き合わないで自殺することを選んだ。

私には彼しかいなかったのに。

自分自身を抱きしめて死ぬことができた彼よりも、

誰にも愛されてない私の方が彼なんかよりよっぽど苦しんでいた。

絶対に、そうに決まっているのだ。



私は一人だけになった部屋で獣のように泣いた。

もう、私が生きている理由はなくなってしまった。

お腹の中の赤ちゃんを育てる気力なんて私にはもうない。



とりあえず丈夫な縄を買ってこよう。

そして私も死のう。

そう思った。

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彼がなかなか私を殺してくれないので、これから浮気してくる。 秋桜空白 @utyusaito

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