……顔、出てたか?

「……ここ」


 そう言って、リーナは一つの部屋の前で立ち止まった。

 わざわざ立ち止まるってことは、心の準備はさせてくれるんだな。


「えっ、あっ」


 そう思ったのもつかの間。

 リーナは全く俺の気持ちなんて気にした素振りも見せず、そのまま部屋に入っていった。……俺の手を引きながら。

 心の準備させてくれないのかよ! 


「あっ、えっと、初めまして」


 そう思いながらも、無理やり……いや、抵抗しようと思えばできただろうから、無理やりではないかもだけど……と、とにかく、部屋に入れられた俺は、早速座っている厳つい顔の髭を生やしたおっさん……じゃなくて、伯爵様と目が合った。

 その対面にはベラが座ってるけど、流石にこの状況でそっちに何かを言う余裕は無い。


「あぁ、初めまして。アベル君、だったかな」

「あ、は、はい、そうです」

「そうか。では、アベル君、娘達を助けてくれてありがとう」


 そう言って、伯爵様は俺に向かって頭を下げてくる。

 いや、マジでやめてください。権力者に頭を下げられるとか、本当にもう俺の胃がもたないから。


「あ、頭を上げてください。たまたま、通りかかっただけですから」


 そう思いながら、俺がそう言うと、伯爵様はゆっくりと頭を上げてくれた。

 そんな俺の視界の端でベラとリーナが何か目を合わせていたけど、それを気にする余裕は今の俺には無いから、それを無視しながら、俺はゆっくりと息を吐いた。

 良かった。直ぐに頭を上げてくれて。


「そうか、いや、たまたまであったとしても、本当にありがとう」


 すると今度は、俺が遠慮すると思ったのか、頭を下げることはせずにそう言ってきた。

 

「いや、ほんと大丈夫ですから」

「……ん、もうお父様のお礼は終わった。出ていって」

「い、いや、しかしだな、まだ私の自己紹介すらも……」

「……早く」


 俺がそう言うと、横からリーナがそんな世の中の親にとっては恐らくめちゃくちゃ可哀想なことを言って、伯爵様は渋々だけど部屋を出て行ってしまった。

 ……うん。なんか、むしろ気まずくなったわ。あの伯爵様と。……と言うか、あんたこの館の当主だろ。いいのかそれで。


「昨日ぶりですね。アベル様」


 俺がそんなことを思いながら気まずくなっていることを知ってか知らずか、ベラがそう言って俺に挨拶をしてきた。

 あぁ、そういえば、伯爵様と喋っていたっていう事実が心臓に悪すぎて忘れてたけど、まだベラとは挨拶すらしてなかったな。


「あ、お久しぶりです、ベラ」


 そう思った俺は、ベラに向かってそう返した。

 

「……リーナには敬語を外しているのに、私には敬語のままなんですね」


 すると、ベラは悲しそうに、そう言ってきた。

 ……いや、言ってることは分かるが、なんで知ってるんだ? 俺、ベラの前でリーナと話したっけ? ……話したんだろうな。そうじゃなきゃそれを知ってるのはおかしいし。伯爵様との会話に緊張しすぎて、記憶にないだけか。


「いや、ベラがいいんだったら、普通に話させて貰うよ」


 そうやって一人で納得した俺は、そう言った。

 普通に話す方が楽だしな。


「はいっ。もちろんいいですよ」


 すると、ベラは嬉しそうに頷いてくれた。

 良かった。これで断られてたら泣いてた……と言うか、絶対ロードしてた。

 俺の心はそんなに強くないんだよ。……人は殺せたけど。……いや、あいつらは盗賊だし、人だと思わない方がいいんだろうけどさ。


「大丈夫ですか?」

「……大丈夫?」


 そんなことを思ってあの盗賊を殺した時の感触を思い出してしまっていると、二人に心配そうにそう聞かれた。

 ……顔、出てたか? 


「いや、なんでもないよ」


 そう思いながらも、伯爵様と話すという大仕事を終えた安堵感と二度と同じことはしたくないという思いから、セーブをしながら、俺は笑顔で二人に向かってそう返した。

 すると、二人は何故かまた、一瞬だけだけど、お互いに目を合わせていた。

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