死にたい発言

 誰が産んでくれと頼んだ?俺は、生まれてこない方が幸せだった。だが、畜生なことに、この世に生を授かってしまっている。そのせいで、幼い頃から競争を強いられ、そのたびに自分の無能さを嫌というほど自覚してきた。本当に、何度死にたいと願ったことか。


 俺には、何の才能もない。すべてが平均以下の無能だ。世の中、親ガチャ、遺伝ガチャってよく言われてるけど、全くもってその通りじゃねえか。貧乏な家庭に生まれた時点で、人生は詰み。どう足掻いたって負け組確定だ。なのに親は、子どもの人生に責任を持たない。持とうとしない。おかしいだろ。子どもが不自由なく人生を送ることが出来るくらいの金銭的余裕がないなら、子どもなんて持つな!


 別に、贅沢させろとは言ってない。最低限の生活が出来れば、それでいい。しかし、それすらもさせられないってどういうことだ?なんで、生まれたからという理由で、理不尽な思いをしなきゃいけない?


 ふざけるな。俺をこんな目に遭わせて、何が楽しいんだ?こんな類の苦しみなんか、俺は望んじゃいない。才能ある分野での挫折ならまだしも、無能を痛感するクソみたいな人生なんて、誰が経験したいんだよ。俺は欲しくないね。まっぴらごめんだ。今まさに味わっている最中だが、良いことなんてありゃしない。


 それでも社会は、努力を推奨してる。努力すれば、豊かになれるってな。馬鹿じゃねえの?努力するのも、努力を続けるのも、結局は才能だろうが。それに努力したところで、良い人生を送れる保証はあんのか?ねーよな。だから俺は、努力や根性っていう言葉が大嫌いなんだよ。結局、自己責任っていう考え方の下、遺伝や環境による差を、社会全体で肯定したいだけだろうよ。


 でも言えねえ。言った瞬間、犯罪ってことで捕まるからな。親にも、近所の人にも。生きることに不満なんてないって顔しながら、当たり障りのない会話をして、日常を送る。それが、ストレスでストレスで、仕方なかった。まあだけど、いい加減、ストレスを溜めこむのも疲れてきたからな。最大限の復讐をしてやる。


 方法?簡単だろ。『死にたい』って投稿をするだけ。みんな大好きなSNSに、『死にたい』っていう言葉を連続して投稿すれば、それだけ多くの人間に注目される。分かるか?これは復讐であると同時に、洗脳解除のチャンスでもあるんだ。


 自殺や安楽死を肯定しない社会の異常さ。それに気づかせれば、少なくない人間が、日常に潜むおかしさの正体に勘付いて、行動を起こす。それは集団自殺かもしれないし、一家心中かもしれない。だけど何らかの形で自殺が成功されれば、自殺や安楽死を否定する社会が、その責任を負わなければならなくなる。これ以上に最高な復讐劇、俺は知らねえ。


 ハッ、ハハッ。絶対に、成功させてやるよ。この携帯でな。投稿したら、『監視人』が来て牢屋にぶち込まれる?もう、その覚悟はできてんだよ。誰も俺は止められない。せいぜい、頑張ってくれや。


【死にたい】

【死にたい】

【死にたい】


 ふ、これで復讐は終わり……。お、なんだ?携帯の画面が、自動ロックされて開かねえ。っておいおい、嘘だろ!?なんでもう特定されてるんだ!?こっちからも、あっちからも『監視人』が追っかけて来て……。


「クソっ!なんでこんな早く来れるん……。あ、痛い痛い痛い痛い!」

「センカ・ケルドゥ容疑者、自殺連想言動罪で逮捕!」


 どっから湧いて来たんだよ、こいつら。みんな、澄ました顔しやがってよ。そんなに、自殺させたくねーのか。


「センカ・ケルドゥ容疑者のSNS投稿、削除完了いたしました」

「よし。それでは、無殺維持署まで来てもらおうか」

「チッ」

「舐めた態度だな。まあいい。お前の起こした罪自体は、一生消えないからな」


 そうして俺の復讐は失敗に終わり、警車に無理やり乗せられた。警車っていうのは、いわば犯罪を犯した人間を護送する乗り物。つまり、自殺を連想させるような言動を取った人間も含まれるってことだな。おまけに、町中に設置された、いや、もしかしたら国中かもしれないが、いたるところで俺の顔が晒されている。クソが。誰にも迷惑かけてねーだろうがよ。


「お前、なぜ晒されているのか分かるか……?」


 そういう上から目線が癪に障るんだよ!『監視人』様よお!


「教えろ」

「随分、反抗的な受け答えだな。もっと丁寧に言えよ」

「教えてください、が普通ですよね?」

「そーそー、どうして普通の返答が出てこないんだろうね?」

「自死したいから自暴自棄になってんだろ。ま、出来るわけないけどな」


 勝手な推測してんじゃねーよ。お前ら『監視人』じゃ、死にたいって心から願う奴の気持ちは、絶対に分からねえだろうなあ?


「教えてください」

「やっぱ、言えるじゃねーか。理由はな、自殺抑止だよ、抑止」

「晒されるうえに、捕まって自殺できないって思い知らせることで、病気で死ぬまで、懸命に生きてもらおうっていうのが狙いなわけ」


 だろうな。聞くだけ損したぜ。俺はな、そういう社会に一矢報いたかったのに、お前らが邪魔したんだ。どうしてくれんだよ。責任取れよ、責任。自殺する自由、安楽死する自由のない社会は最高か?理想を掲げるのは構わねえけどよ、それを押し付けるのはやめてくれ。うざいし、どうかしてるだろ。


「お前、全部わかってんだよ」

「全部?」

「ああ、全部だよ。今、考えていること当ててやろうか?」


 は、出来るわけねえさ。そんな脅しには屈さねえ。大体、なんで俺が、捕まんなきゃいけねえんだよ。捕まるとしたら、お前ら『監視人』しかいないよな?


「救いようがない奴だな。俺たちは悪人扱いか」

「よく分かったな」

「良いか?生まれたからには、最期まで生きるのが義務なんだよ。なのにお前は、その義務を放棄した。だから、それを救う『監視人』が」

「正義ってこと。そして」

「センカ・ケルドゥ、お前は疑いようもない悪。というか犯罪人なの」


 犯罪人、か。いつからこんな最低な世の中になっちまったんだ?『監視人』という地位を貰って、自分たちで決めた正義を基準に、特権を悪用するのが正義なのか?だとしたら、ここは地獄だよ、地獄。


「無殺維持署に着いたぞ。センカ・ケルドゥ、降りろ」

「降りたくないって言ったら?」

「引きずり下ろすだけだ。自殺連想言動罪を犯したお前には、一般人が享受できるような自由はないと思え」

「そんなのはな、偽りの自由……」


 また、痛いことすんのかよ。お前ら、これ暴力だろ。罪に問うぞ。


「まだ言うか。来い。来いって言ったら来いよ!」

「はいよ」


 全く呆れるぜ。服従しなかったら、すぐに暴力に走る。お前らさ、どの面下げて、正義って言ってるの?『監視人』って、正義を間違った方向に解釈してる暴力集団だろ。なあ、なんか反論したらどうなんだ?全部、わかっているんだろ?


「センカ・ケルドゥ容疑者、無殺維持署に入りました」

「取り調べ室に案内しろ」


 偉そうなおっさん。俺はお前を、徹底的に取り調べたいんだが。って今度は、『監視人』じゃなくて、おっさんが相手かよ。ツイてねえな。


「ここが取り調べ室だ、座れ」

「座った。そんで?」

「なぜ、自殺を連想させる言動を試みた?言え」

「なんで言わなきゃならねえの?」


 なんで急に優しそうな目になるんだよ。気にかけてます、心配してますみたいな表情するな。どうせ、心の内ではそんなこと思ってもないくせに。


「今から言うことを、よく聞いてほしい」


 ほら来た。自白すれば、罪が軽くなるっていうお決まりのセリフ。


「君は、自殺連想言動罪の違反により、今はここにいる。残念ながら、死ぬまで牢屋の中で過ごさなければいけない。だけど、なぜ自殺を思わせる投稿をSNSで流したのか。その理由を早く言えば言うほど、君の今後の待遇は良くなるんだ」


 待遇?牢屋の中から出られないのに、待遇なんて関係あるかよ。というか、今の段階で目の前にいる初対面のお前が信用ならないの。


「食事の質、手枷や足枷の有無、入浴時間の長さ、娯楽の有無など、あらゆる面で、他の人間より優遇が受けられるんだ。こんな良いこと、ありゃしない。そうだろう?そうは思わないか?」


 思わないね。全く思わない。そんなエサに釣られっかよ。


「いいえ」

「それが君の答えか。少し失望したよ」


 勝手に失望してろ。何を期待していたんだ?社会はだな、お前らのような人間ばかりじゃない。自殺をしたい、安楽死がしたい。そういう人間だって、この社会にはいっぱいいるんだよ。それでも、見て見ぬふりか?それとも、始めからいなかったことにしたいのか?何が何でも生きることだけが正解じゃないはずだ。


「そんな風に思われてるだなんて、心外だ」

「嘘つけ。何も思っちゃいない」

「君、人を傷つけるなという社会のルールを、学んでこなかったのかな?」


 それ、『監視人』たちに言えよ。暴力は反対って。俺は、暴力を受けたんだ。これは正当な主張だろ。なあ、『監視人』たちにはどう償わせるんだ?


「君はひとつ勘違いをしているようだから言っておく。この国では、犯罪が起こること自体、非常に稀だ。それは、この国の治安を支えている『監視人』が、大量にいるからに他ならない。だから犯罪が起こり得ると判断された時点で、その原因を作った人間の自由は否定され、彼らに対する暴力が肯定される」


 は?えん罪が幾つも発生することになるぞ。


「だが、えん罪は起こり得ない。あらゆる場所に、隠しカメラや、隠しレコーダー、心拍計測機センサーなどが設置され、全ての人々の言動を見守っているからだ」


 見守っているだと?笑っちまうね。どう考えても、監視しているの間違いなのにな。今の発言、修正した方が良いぜ。


「変えたほうが良いのは君の態度だ。待遇がどんどん悪くなるぞ」


 また優しい顔つきになった。揺さぶりかける作戦か?悪いが俺とは話が合わん。


「君が変われば丸く収まる」


 だからって、俺に自白を強要するのかよ。我慢ならねえから、俺からも言わせてもらうが、別に構わねえよな。よし、言うからな。


「多数派が正しいなんて限らないだろ」

「何が言いたい?」

「お前たち無殺維持署の人間や、『監視人』、それから社会の人間の大半は、この社会を理想的だと思っている。でもな、そうは思わない人間だっているんだよ。生きるも死ぬも、本人の意思で、自由にすべきじゃないのか?」


 今度は、めんどくさそうな顔か。変な感じに眉を寄せるな。顔芸にしたって面白くねえから。


「良いかね。生き続ける義務と、死ぬことの自由は両立しない」

「なら法律を変えやがれ」

「却下だ。死を選ぶことは人生の放棄でしかない、つまり」


 なんだよ。間が長すぎんだよ。


「お前に自殺なんてさせない。生きられることに感謝して寿命まで生きろ」


このやり取りいつになったら、終わるんだ?自白したって、死ねるわけじゃないし。牢屋に入っても自殺させない?どんだけ生きさせたいんだよ。あーあ、死にてえ。誰でもいいから、誰か俺を殺してくれ。

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