第3話 夜を凍てつく金の花

 暗い暗い底、星の届かないここは地下だろう。転がされた床はただの石で敷き固められており、目の前には床と同じく固い壁、寝返れば鉄の格子が見え、手足首には枷が嵌められている。どう楽観的に考えても、これは囚われの身だ。

 神子の血はあれだけの齢の人間が貯められる魔力量を遥かに超えている。数滴で広範囲かつ多くの星鉱物を暴れさせた。赤子の頃から毎夜星を浴びたとしてもあれだけにはならない。考えられるのは――


 靴音が響いた。足音を消さないのは自分の居場所を知られても圧倒的な力で捩じ伏せるから。自身への傲りであり、そして私への蔑視である。

「ご機嫌麗しゅう、暗殺者殿」

 神子の傍らに控えていた神官が、従僕たちを引き連れて姿を見せた。神子ほどではないけれど長い金の髪、杖の星鉱物と同じ紅い眼、己の煌びやかさを誇示する刺繍の柄、敗者を踏みにじるための長い白ヒール、美しいほどに傲慢な佇まいだ。

「貴様が黒幕か」

 神官は微笑むだけ。その笑みのあどけなさにゾッとした。

 神子は何の魔具も与えられていなかった。見て分かる武具はもちろん、遠くでは星鉱物に見えた装身具も近付いてただの色硝子だと知った。何よりあの男は私の殺意を厭わず、ただ案ずる様に見つめただけ。

 あの臆病で優しい青年に、神殿をここまで傍若にさせる政治的手腕はない。


「不死の呪い、恐らく不老もか」


 神子の血に秘められていたのは十数年で貯まる魔力ではない。だとすれば、それは幾星霜の果てに蓄えられた物だ。御伽噺のような禁忌、夢物語な不死の呪いの一端を、私は見たことがある。

「あの男が神子となったのはここ数年の話だ。それを元から神官を務める貴様が導き支えたと言われている」

 神殿が聖戦や蹂躙を始めたのもその頃であり、だから神子が神殿を狂わせたのだと密かに囁かれていた。

「順序が違った。嬲るために隠されていた神子を祀りあげたな」

「ただの布教です」

 神子は単なる魔力の器なのだろう。反吐が出そうだが、出せない代わりに白い革靴へ唾を吐き捨てた。神官は即座に火花を飛ばし、さらにそれを避けた私に顔を顰めるも、すぐに整った表情に戻し、唇を三日月に持ち上げた。

「そのようなことより、首を長くして貴女を待ち侘びておりました」

 動揺を隠す為の沈黙が誤魔化せない。これは、バレている。

「強欲な貴族を重用し、言われるがままに衛兵の配備を甲斐がありました」

 雇い主、そして今回の協力者達のことだ。漸く努力が実を結んだと意気込んでいたが、全てちがった。順調過ぎたのだ。


「星の繋ぎ手――夜の民の娘よ」


 ギリと歯が響き、必死で怒りを噛み殺していることに気付いた。それを見た神官は優美な微笑みを取り戻す。

「濃紺の髪と瞳、薄暗い肌がその証」

 鉄格子の隙間から杖先を差し込まれ、器用に顎を上げられた。憤りと殺意の睨みを隠せている気がしない。

「夜の民は魔力を身に宿せない。けれど代わりに夜の血には特別な力がある」

 神官は実に楽しそうに、花冠を授かった少女のような笑みで続ける。

「夜の血を媒介として、異なる種類の魔力を持った星鉱物を繋ぎ合わせることが出来る」

 うっそりと目を細められ、ゾッと悪寒が走った。

 通常、魔具に使える星鉱物は一種類と決まっている。複数の星鉱物合わせると、魔法が互いに反発して砕けてしまうのだ。しかし夜の民の血を垂らした星鉱物は、同じ血を分かち合った星鉱物と逆らい合わなくなる。

「しばらくは当時の血で賄えたのですが、近々隣国への布教を考えておりまして。その下準備に魔具が必要なのですよ」

「……魔具で隣国を焼き焦がし、そこを侵略するつもりか!」

 思わず吠えた口に杖先を突き込まれ、軽く小突き倒される。咽せ込みつつも神官を見上げると、その杖の紅い蕾が花開いていき、中に青い星鉱物が見えた。周りの従僕の剣先も紅から青へと染まっていく。恐らく先に見た剣全てがこうなのだろう。それだけ多く血を費やしたということで――。

「貴様ァ!」

 手足が血に滲むのさえ構わずに飛び掛かろうとする。しかし枷ごと足が凍らされ、惨めに石床に倒れ打たれてしまった。

「夜の民の貴重な生き残り、殺しはしません。このまま死ぬまで血を捧げて貰いましょう」

 そうして見せ付けるように懐から私の短剣を取り出し、黒い星鉱物の刃を撫でた。

「貴女のお土産もありがたく調べさせて頂きます」

 神官は見張り以外の従僕を引き連れてコツコツと歩き去って行った。

 打ち所が悪かったのか、視界が遠退いていく。薄れていく意識の中で、いっそ死ねたらいいのにと願った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る