第72話 罵倒
お茶をお父さんとお母さんの前に出すと、二人は静かにそれに口を付けた。
そして、同じタイミングでカップを皿に戻すとお父さんが鞄から茶封筒を取り出して机の上に置く。
「さて、と。今日来た本当の目的を話そうか」
「本当の目的?」
「私も初耳なんだけど……」
冬華さんとお母さんが首を傾げている前で、お父さんが茶封筒の中から何枚かの書類を取りだした。
「松井隼人。君のことは調べさせてもらったよ。するとまぁ出るわ出るわ」
呆れたように言いながら、お父さんは書類を俺に向かって投げつけてくる。
「まず弟が傷害で警察に連れて行かれたそうじゃないか。身内に犯罪者がいるなんてとんでもないことだ」
あいつ……こんなところにまで影響を出しやがって……ッ。
いつまでもしつこく俺の人生の邪魔をしてくるあの弟には苛立ちしか感じなかった。
「両親もろくでもない人間のようだ。犯罪者の弟を甘やかしたと近所で笑いものになり、今や揃って仕事も辞めてほとんど引きこもり。社会不適合もここまでくると笑えてくる」
「ちょっとあなた。もうやめなさいって」
お母さんが注意しているけど、お父さんは止まらなかった。また冬華さんが拳を固めて怒りを抑えているように見える。
あの両親がクズなのは認めるし、なんか無様なことになっていてざまぁって気持ちはある。
けれどそれ以上に身内の恥としてこうして晒されると、なんというかざまぁって気持ち以上に残念というか無念というか、とにかくそういった気持ちが勝った。
「挙げ句に元交際相手が玲奈にも襲いかかったそうじゃないか。しかも刃物を使って」
「それは……」
「ろくでもない人間に育てられ、犯罪を犯すようなカスが身内にいてこれまた犯罪を犯すようなカスと付き合っていた。どうせ君もろくでもない人間に決まっているさ。玲奈も見る目がない」
さすがにその言葉は黙っていられない。
たしかに家族はカスだ。杏奈だってあれはやりすぎだったし、そんな人たちと一緒にいた俺が悪く言われるのもまぁ仕方のないことだと受け入れることはできる。
でも、玲奈を侮辱するようなことまで言われては話は別だ。
「玲奈はあなたの娘さんですよ。それに見る目がないって言うのはどうなんですか」
「事実だ。君を選ぶなんておかしいと思うだろう? もっといい男、いや、もっとマシな男はそれこそごろごろいるはずだ」
「おかしいとは俺も思いますよ。でも、それでも玲奈は俺がいいって言ってくれたんです!」
「急に声を張り上げるなんてどうかしてる。やはり育ちが悪い者とは一緒にいるべきではないな。さっさと玲奈と別れてこの家から出て行け。お前はここにい――」
乾いた音が響く。
驚きの表情を浮かべたお父さんと、勢いよく手を振り抜いた冬華さんの姿が俺の前にはあった。
「急に声を張り上げる育ちの悪い娘が言うけどね! そんな人のことを下げることばかり言うような人間よりよっぽど育ちがいいわ! お父さんがそんな人間だなんて思わなかった!」
「いきなり何をするんだ冬華! これだから野蛮な男が近くにいると――」
「まだ言うつもり!? 今すぐ帰って! 早く出ていけ!」
「帰るわよあなた。後で私たちも話し合いが必要みたいだし」
「おい待て! 話はまだ……」
何か言いたげなお父さんを無理やり連れて、お母さんが素早く家から出て行った。
冬華さんは、散らばった書類を集めるとなんの躊躇いもなく一気にシュレッダーへと放り込んでしまう。
「信ッじられない! 本当にごめんなさい隼人くん! もうあんなの関わらなくていいから! もし次来るようなことがあっても家に入れないでいいからね!」
「え、でもそれは……」
「いいの! はぁ……どうしてやろうかしら」
ショックなのを隠しきれないといった様子だった。無理もないだろう。
きっと、今のお父さんの姿は冬華さんの中にある父親像とずいぶんかけ離れていたものだったのだろうから。
でも、これまでずっとそういう姿を見せることなく家族としてうまくやってきていたのなら、それを崩してしまった原因はやっぱり俺だろう。
だとしたら、申し訳なく思うし俺がいなくなることで元のように戻るのなら……。
「私はね、家族云々より玲奈が幸せになることを一番に望んでるの。だから、間違っても別れるなんて言い出さないでほしい」
俺の心を読んだみたいに、冬華さんがそんなことを言ってきた。
完全に切り刻まれた書類の残骸を確認し、冬華さんが立ちあがって俺を真っ直ぐに見つめてくる。
「もう二度とあんなのと関わりたくないって言うならこっちから絶縁状を叩きつけてやる。玲奈だってきっとそうする。会いに来られる可能性があるのも嫌だって言うなら新しい家だって探すし、この家がいいって言うなら私がどうにかしてみせるから。……だから、玲奈は何も悪くないから、許してあげてほしい……」
「いやいやそんな! 冬華さんが謝ることじゃないし、俺がダメな人間なのは事実でもあるし……」
「そんなことないよ! 玲奈は隼人くんと一緒だととても幸せそうなの。ダメな人間なんかじゃないよ」
冬華さんにそう思ってもらえているのは、お世辞だとしても嬉しいな。
今はまだ、玲奈の彼氏を続けてもいいんだって自分に言い聞かせる。
「ねぇ隼人くん。申し訳ないけど、今日のことは玲奈には……」
「黙っておきます。心配かけさせたくないんですよね」
「本当にごめん。ごめんなさい」
謝り続ける冬華さんを見ているとこっちが申し訳なく感じてしまう。
もう大丈夫だと伝えて、まだ湯気が残る紅茶の後片付けを始めることにした。
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