第71話 ご両親来訪

 後期の授業開始を目前にしたある日の事だった。

 玲奈がバイトに行っている間に夕食でも作っておこうと思い、鶏肉に塩胡椒を振りかけている時に家のチャイムが鳴る。


「ごめん隼人くーん! 私の荷物かもしれないから受け取ってくれなーい?」


 二階から冬華さんの声が聞こえ、「分かりました」と返事をして玄関に向かう。

 そこで扉を開けると――、


「こんにちは。いきなりでごめんなさいね」

「ふんっ」


 そこに立っていたのは、身なりがしっかりしたご夫婦。

 どことなく見覚えがあって……。


「あ! お義母さんにお義父さん!」

「美穂でーす。久しぶりね隼人くん」

「……」


 そこにいたのはなんと玲奈のご両親。

 二人が来るなんて一言も聞いていなかったから、どうしてここにいるのかと少し驚きつつもそういえばこの家は玲奈がご両親から借りているものだから何もおかしくないのかと思い直す。

 で、同時にいつまでも二人を外にいさせるわけにはいかないと思い、慌てて横に退いた。


「すみません! どうぞ入ってください」

「じゃあ、お邪魔しまーす」

「母さん。ここは母さんの家なんだからそんなこといちいち言わなくても大丈夫だ」


 すれ違い様にお父さんが俺のことを睨んできた気がする。

 この前も思ったけど、やっぱり避けられていると言うより嫌われているよな絶対に。

 そりゃあ、大事な娘が勝手に拾ってきたどこの馬の骨とも分からない男だっていうのは自覚しているけど、ここまであからさまに敵意を向けられると少しくるものがある。

 お母さんは柔和な笑みで手土産のお饅頭を渡してくれたけど、お父さんの感じを見るにお母さんにも嫌われているかもしれないってことは常に考えておこう。

 廊下を歩いていると、冬華さんも二階から降りてきた。


「あ、二人だったんだ。どうしたの?」

「実はねぇ、玲奈が――」

「玲奈はいないのか?」


 お母さんの言葉を遮ってお父さんが口を出す。


「玲奈ならアルバイトに行ってます」

「あと二時間もしたら帰ってくるんじゃない?」

「そうか。……玲奈を働きに行かせて君は家でダラダラしているわけか」


 ここで初めてお父さんが俺に対して口を開いた。

 その言葉には冬華さんも思うところがあったのか、わずかに右の頬をつり上がらせて反論する。


「隼人くんは今日シフトに入ってないだけだから。それに、二人は働かなくても私が生活費とか全部出せるって言ったじゃん」

「女性に金を出させるなんて情けない男だな」

「ちょっとあなた! ごめんなさいね隼人くん」


 お母さんに謝られたから、気にしてない、という風にジェスチャーをするけど実はかなりダメージを受けた気がする。心が抉られるってどういうことかが少し分かったかも。

 冬華さんも合流して四人でリビングに。

 いただいたお饅頭を机に置くと、お父さんがキッチンに移動して準備途中の鶏肉を見て鼻で笑う。


「こんな粗雑なものを玲奈と冬華に食べさせるつもりか? 普段の食生活を想像すると可哀想に思えてくるよ」

「それは……」

「気にしなくていいからね隼人くん。あんなこと言ってるけどお父さん、家で料理してるのなんて見たことなかったし」

「そうよ。玲奈のために何かしてくれるってだけで偉いから」

「ふん。そうやって甘やかすとろくな人間にならなさそうだがな」


 と、ここで冬華さんの我慢の限界が来たのか、冷えたような声音に変わる。


「あのさぁ。文句だけ言いに来たんなら帰ってくれる? 気分悪いから」

「そうね。あなた、そろそろ……」

「まだ来たばかりだ。だが、そうだな。小言を言ってすまなかった」


 まったく心がこもってないような謝罪の言葉に冬華さんが分かりやすく舌打ちをした。

 俺が原因で家族仲が険悪になってしまっているような気がしてすごくいたたまれない。

 一旦落ち着いてもらう必要があると思い、すぐにこの場から離れることにする。


「お茶、淹れてきますね!」

「ありがとう」


 お母さんは笑顔でお礼を伝えてくれた。

 とりあえずお父さんとお母さんには椅子に座ってもらって、俺は棚から紅茶のティーバッグを取り出しお茶の準備を進める。

 カップを人数分用意していると、ポットのお湯を容器に移した冬華さんが準備を手伝ってくれた。


「さっきからお父さんがごめんね。もうあんなのの話なんてまともに聞かなくていいから」

「いやでも、きっと玲奈と冬華さんを心配しての親心から言いたくなるんでしょうし、俺も至らないところばっかりだと思うんで」

「あれは親心とか心配とかそんな話じゃないわよ。完全に言いがかりだから、ほんと無視よ無視」


 そう、なのか? 俺は普通に心配してるからだと思ってたんだけど。

 親があれだった影響がこんな所で出てくるとは。

 ただ、俺の家族があれだったからか、やっぱり家族というのは喧嘩することなく仲良くしていてほしいと思う。

 これ以上険悪な空気にならないことを祈りつつ、野菜室に眠っていた檸檬を適度なサイズにカットした。

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