第70話 プールを満喫した後に
焼きそば休憩を挟んだ後はまた冬華さんに荷物を頼み、それから長距離プールでしばらく泳ぐ。
大体一時間くらいかな。それくらい泳いだ頃には俺も玲奈も結構体力を消耗していて、しかも満足だということでそろそろ帰ろうか、という話になる。
一応、泳ぎたいって言い出したのは冬華さんだから俺たちは上がるけどどうするかって感じに聞いたら、この人俺たちが休んでいる間にさっきの長距離プールを何往復もしていたみたいで満足らしい。
長距離プールの長さを知らないから何とも言えないけど、一般的な二十五メートルプールだと仮定して軽く三百か四百くらいいってるんですがそれは。
まぁそういうわけで、プールを満喫することができた俺たちは帰ることにした。
先に着替え終わった俺は入口近くにある自販機で清涼飲料を三本買い、一本を空けて中身を呷る。
「お待たせ隼人ー。あっ、いいもの飲んでる!」
「ほい」
小走りで駆け寄ってきた玲奈にペットボトルを投げて渡す。
笑顔でボトルを受け取った玲奈は俺の隣に立つと、蓋を開けて飲み始めた。
「運動した後はこれだよね! 個人的青春の二大飲料だよ」
「俺はこっちじゃない方が青春っぽさを感じるな。女子高生がキラキラしたコマーシャル流してて……眩しいぜ」
「おっさんみたいになってる」
あははっ、と笑い合ってまた一口。
そしてふと気付いた。
「玲奈、まだ髪に水滴残ってるぞ。綺麗な髪なんだから傷まないようにしないと」
「えへへごめん。早く隼人と一緒にいたくて」
嬉しいことを言ってくれるよこの可愛い天使様は。
でも、女の子にとって髪は命とか聞くし、やっぱり傷まないようにケアしてほしいとは思う。
玲奈のためっていうのもあるけど、俺自身がいつまでも可愛くて綺麗な玲奈を見ていたいから。
「後でもう一回拭いてあげるよ」
「ありがと! じゃあ、あっちのベンチにでも座ろうか?」
「――どうせなら車で拭きなさいな。ベンチより座り心地いいでしょ」
と、ここで話を聞いていたのか冬華さんもやって来た。
冬華さんはもうしっかり髪も乾かし終わっていて、いつも通り黒いダイヤみたいにつやっつやの美しい黒髪が風に靡く。
「でも、車だと水とか飛ぶの気にならない?」
「ぜーんぜん。不都合あれば買い替えるから遠慮なく使っていいわよ」
俺も言ってみたいよ不都合あれば車を買い替えるって台詞。
しかも、この人の場合は中古車とかじゃないからな。マジモンの高級車だから俺如きでは一生口にできない言葉だよ。
ただ、冬華さんのお言葉に甘えて俺も玲奈もトランクに荷物を放り込んだ後、後部座席に乗り込む。
道交法的に危ないとは思うけど、二席の間に座って膝の上に玲奈を乗せる形で。
「じゃあ、拭いていきますねお客さーん」
「お願いしまーす」
ちょっとしたおふざけに快く乗ってくれた玲奈が体重を俺に預けてくれる。
濡れた頭が鼻先を刺激し、髪からはほのかに香る甘い花の香水とプール水の特徴的な匂いが混ざったいい感じの匂いが漂ってくる。
「中学を思い出すかも」
「え?」
「めっちゃキモい話だけどさ。中学の時、プールの授業が終わった後に玲奈の濡れた髪を見てるとちょっと触りたくなったというかさ。二年の七月とか席が隣だったからこっそり匂いを堪能してたんですごめんなさい」
当時の記憶が蘇る。中学の時も今もそうだけど、いざ口にするとやっぱり引かれそうだから時効だと思って許してほしい。
「そんなことなら早く言ってほしかったな。私、幼稚園の時からずっと隼人のことが好きだったんだし、言ってくれれば好きなだけ体を寄せてあげたのに」
「中学の俺はクソガキだったからさ。そんなことされたら嬉しかっただろうけどそれ以上に恥ずかしがって玲奈のこと突き放してたかも」
「そんなことされたら不登校になっちゃう。じゃあ、中学の時に堪能できなかった分、今どーぞ」
うりうりと後頭部を鼻先で左右に揺らすから、香りはますます強くなる。
それがまた愛おしくて、思わず後ろから玲奈のことを抱きしめてしまった。
「バックハグだぁ……落ち着くねぇ」
ふにゃぁとした声が可愛すぎて昇天しそう。
左手にタオルを持って玲奈の髪を拭き、右手で鎖骨の辺りを撫でさせてもらっていると、気付けばすぅすぅと寝息が聞こえてくる。
バックミラーに映る玲奈は、それはもう安心しきった可愛い寝顔をしていた。
「よかったわね玲奈。とても安心して気持ちよさそうに眠ってる」
「ですね。……ところで冬華さん」
「なーに?」
「写真が欲しければ俺が撮って後で渡すんで、スマホ片手にして脇見運転するの今すぐやめてください」
事故を起こして玲奈に怪我させるつもりなのかこの人は。
事故を防ぐため、そして俺がスマホの壁紙にするために玲奈の寝顔をしっかり写真に収めておこうと思います。
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