第69話 修羅場の予感

 ウォータースライダーを楽しみ、たっぷり泳ぐとまぁまぁ体力を消費した。

 腕を絡ませて甘えてくる玲奈を俺も甘やかしながら休憩のために冬華さんがスペースを確保している場所に戻ってくると、ちょうど冬華さんが準備運動をしているのが見えた。


「おかえり二人ともー。ちょっと休む?」

「そうする。お姉ちゃんは今から泳ぐの?」

「そっ。さすがにプール来て食っちゃ寝するだけってのももったいないからね」


 そう言って、冬華さんはバサリと身に着けていた上着を脱ぎ捨てた。

 現れたのは大人の肢体。艶めかしい美肌。ビキニ姿はエロさとかそういうのじゃなくて芸術性を感じさせる。

 モデルや女優なんて足元にも及ばないんじゃないかってくらい綺麗な冬華さんの水着姿は周囲の男性客を一瞬にして虜にしていた。何人かは鼻血を出したり、または彼女さんに殴られたりして倒れたところを慌てた様子の監視員さんに医務室へ連れて行かれている。

 中身がとんでもないシスコンお姉さんという情報がなければ、俺も鼻血を垂らす程度じゃすまなかったかもしれない。


「はーやーとー?」

「ハッ」


 陰のある玲奈の声で我に返る。

 さすがに彼女の前でそのお姉さんに見とれるというのは最低ですよねマジですんませんでした!

 腕を組む玲奈の前で情けない謝罪姿を晒す。


「言い訳しません申し訳ございませんでした」

「むぅ。罰として焼きそば! 大盛りで」

「よろこんで!」


 慌てて荷物の中からお金を入れたジッパー付きビニール袋を取り出すと、すぐそこにある売店へと駆ける。

 ただ、ちょうどいい時間なのか少し列ができていた。買えるまでは少し時間がかかりそうだ。

 待ってる間もソースのいい香りが鼻孔をくすぐってくる。なんだか俺もお腹が空いてきて、体もそれに同意するようにお腹をくぅと鳴らす。

 割とはっきり聞こえるほどの音に思わず赤面していると、ようやく順番が回ってきた。

 お店の人に焼きそばを大盛りで二つ頼み、出来上がるのを待って受け取って帰る。

 体感では十分くらいか。ちょっと待たせてしまったことに申し訳なさも感じる。

 などと思いながら戻ると、玲奈がなんかチャラそうな男三人に囲まれていた。


「ねぇおねえさーん。俺らといいことしない?」

「泳ぎ疲れたなら別の場所でもいいしさぁ。俺、近くにいい場所知ってるんだ」

「俺らとぱこぱこってのも気持ちいいぜ」


 このプールはどうなってるんだ。俺と冬華さんに続いて玲奈までナンパされてるじゃないか。ここは街コンの会場じゃないんだぞ。

 それに、さっきからあいつらが言ってる言葉も場所を考えない下品なものばかり。近くにいる男の子がお母さんにいろいろ聞いちゃうから場所を変えちゃってるじゃないか。

 玲奈はあくまで無視を決め込んでいるみたいだけど、これ以上は俺が不快だからささっと戻る。


「お待たせ玲奈。焼きそば買ってきたよ」

「あ! ありがとう隼人!」


 俺が玲奈と男たちの間に割り込むと、彼らは露骨に不機嫌そうな顔になる。


「んだよ彼氏いるのかよ」

「ならそう言えよな」


 二人は萎えたようにしているが、もう一人は違った。


「なぁ、俺らと遊ぼうぜ。彼氏くんだって女遊びしたいだろうし、君も俺らと遊べばいいじゃんかよ~」


 うーわしつこいなこいつ。

 なんか、そのせいで男二人もいけると思ったのか戻って来やがったし、玲奈は笑顔を作ってるけどこの顔は絶対に怒ってるし。

 てか、誰が女遊びしたいんじゃコラ。お前らと一緒にするんじゃねぇ。名誉毀損で訴えるぞ。


「悪いんですけど、私たちは私たちで楽しむんで邪魔しないでくれます?」

「そんなこと言うなって。今どき純愛とかつまらないって」

「それに、こう言っちゃ何だが釣り合ってないだろうに。お姉さんは綺麗なんだしもっと多くの男を知った方がお得だぜ?」


 言いたい放題言いやがってこいつら……!

 さすがに俺もイラッときたから文句でも言ってやろうと――、


「あ?」


 その声を聞いた瞬間、心臓が凍り付いたかと思った。

 それは男たちも同じだったようで、引きつった顔のまま硬直している。

 ヤバい気がする。玲奈さんマジギレですねこれ。


「さっきから聞いてれば何? お前らが隼人の何を知ってるっていうの?」

「え? えと、その、なぁ?」

「お、おぉ! いやー、かっこいいなぁーって……」

「そそそ、そうそう! なぁ?」


 いやそんな助けを求める目で俺を見られても知らんがな。全部自業自得だろう。


「隼人はもっといい人と一緒になれるかもしれないのに、それでも私を選んでくれた素敵な自慢の彼氏なの。それを釣り合ってない? 純愛がなんですって? あまりふざけたこと言ってるとタダじゃ済まさないから」


 体に付いた水滴のせいだと思うんだけど、なんか寒くなった気がする。体拭くのって大事だなー。風邪引いちゃいそうだなー。

 チラッと男たちを見ると、なんかもう可哀想なくらい半泣きだった。


「私も隼人もお互いを大事に想ってるの。誰かが入り込む余地なんてないから。分かったらさっさと消えてくれる?」

「「「はい! すみませんでした!!」」」


 男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。監視員さんに注意されて……あ、一人が盛大に滑って転んで頭からプールに落ちていったぞ。

 なんか、ちょっとダサい姿を見ると笑えてくる。

 くすっと笑うと、玲奈が眉をひそめて俺の方を振り返る。


「ご、ごめん。隼人を悪く言われてつい汚く怒っちゃった……」

「俺は怒ってくれて嬉しかったよ。俺だって言い返せずにごめん」

「隼人は悪くないよ! ……嫌わない?」

「なんで玲奈のことを嫌うんだよ。さっ、もう忘れて焼きそば食べようか」

「……うんっ」


 よかった、笑顔に戻ってくれた。

 美味しそうに焼きそばを食べる玲奈の笑顔は本当に可愛くて、こんな素敵な彼女が俺のことを心から好きでいてくれるのが改めて分かると俺も嬉しい気持ちになる。

 そして、玲奈とはなるべく喧嘩しないようにしようというのも改めて分かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る