第65話 アルコール解禁

 映画を一本見終わり、さらには前作も見終わる頃にはすっかりいい時間になっていた。

 エンドロールが終わる頃に、台所の方から何やらいい匂いが漂ってくる。


「お姉ちゃんが何か作ってくれてるのかな?」

「かもしれない。この香辛料はきっと肉に使うものだと思うし、期待できそう」


 冬華さんがどんなものを用意してくれているのかがつい気になって、俺と玲奈は台所へとことこと駆けていく。

 そこで見たのは、それはもう豪華な夕食だった。

 お寿司に焼き鳥に天ぷら、カセットグリルの上では様々な海鮮ものが焼かれて熱い汁を跳ねさせていた。そして、さっきの香辛料を使った料理の正体は、今まさに冬華さんが切り分けているローストビーフだろうと思う。

 豪勢な料理と一緒に、俺が見たことないような多種多様なお酒の瓶が並んでいるのもまた圧巻……。


「おっ、ちょうどいい感じにできたところだよ~。早速食べちゃおう!」

「お姉ちゃん、ずいぶん気合い入れて作ったね」

「可愛い妹の年一回の特別な日だから当然! まぁ、ローストビーフと焼き貝類以外は大抵買ってきたものだけどね」


 買ってきたもの、というけどスーパーとかで買ったものじゃないのは確実だ。絶対にもっといいところで買ってきてると思うよこれ。


「で、玲奈と隼人くんのためにたくさんお酒を用意しました! アルコールデビューは最高の思い出にしないとね!」


 ビールはもちろんのこと、日本酒やワインといった定番ものに加え、イチゴ酒やカクテルシロップみたいな少し変わり種みたいなお酒もたくさんある。

 玲奈が目をキラキラさせているのを見て、俺はそっと椅子を引いて座りやすいようにしてやる。


「ほら、誕生日会を始めよう」

「うん!」


 最初の一杯として冬華さんがイチゴの日本酒を注いで玲奈に渡す。

 気になったから俺にも同じものを用意してもらい、玲奈とグラスをぶつけ合った。


「「かんぱーい!」」


◆◆◆◆◆


「にへへへ~はやとぉ~」


 玲奈さん、思ったよりお酒に弱かったようですはい。

 コップ一杯のイチゴ酒、そしてカシス調のカクテル一杯とチョコレート調のカクテル一杯の合計三杯でご覧の通り、顔真っ赤にして呂律も怪しいくらいに酔っ払ってしまった。

 見た感じ、冬華さんがカクテルを作っていたときはジュースの方を多めに混ぜていたからカクテルのアルコール度数が高いというわけではないと思う。

 だから最初の日本酒のアルコールが時間差で酔いをもたらしたか、それとも玲奈がアルコールにバカ弱いか。

 どっちにしても可愛いからいいんですけどねー!


「ねぇはやときいてるぅ~?」

「聞いてる聞いてる」


 さっきからずっと玲奈の顔がすぐそこにあって心臓が早鐘を打っている。

 とろんとした目で両手を俺の首に回し、今にもキスされそうな距離感で延々と俺のいいところを語り続けていた。

 俺の頬も赤くなってきたのは、間近で感じられる玲奈の吐息に混じるアルコールの匂いとこれまで飲んできたお酒のせいであって、決して羞恥心ではないのだと信じたい。


「はやとぉ! おしゅし! おしゅしたべひゃい!」

「はいはい」


 親から餌を与えられるのを待つ鳥の雛のように口を開けて待機する玲奈に苦笑しつつ、とりあえずお寿司といえば定番のマグロを掴む。

 それを口元まで持っていってやると、玲奈は俺の指ごとぱくっと食いついた。


「おいひいね~」

「俺の指は美味しくないけどね~」

「おしゅしおいひいよ~。もいっこ!」


 おかわりをねだる玲奈のためにもう一つマグロの寿司を掴む。

 それをまた玲奈に食べさせてやると、今度は学んでくれたのかいつまでも指を咥えているのはやめてくれた。

 玲奈が美味しそうに寿司を食べているのを見てると、俺も寿司が食べたくなってくる。

 サーモンでも一つ食べて酒でぐいっと流し込もうか。


「はーやとっ」

「んー?」

「おしゅしょわけ~」


 まず唇が触れて、両頬を掴まれてぐっと顔が引き寄せられる。

 舌が強引にねじ込まれて俺の舌と激しく絡み合う。一つ一つの感触を感じられるほどになったご飯の粒が今までのディープキスとはまた違った状態を演出し、脂の乗ったマグロと玲奈の味が混ざり合って口の中がお祭り状態になった。

 たっぷり時間をかけてお寿司を分けてくれた玲奈は、ようやく顔を離すと俺たちの間に引かれた透明の糸を舐め取る。

 咀嚼された寿司を呑み込むと、満足そうな笑顔を浮かべた玲奈はまた密着するように抱きついてきた。


「どうしよう隼人くん。玲奈が可愛すぎる」

「同感ですけど、動画撮ってどうするつもりですか? バレたら怒られますよ」

「バレなきゃ犯罪じゃないから。後で永久保存フォルダに取り込んでおかないと」


 この人なんて名前のフォルダを作ってるんだ。

 玲奈は酔っている間の記憶が残らないタイプであることを今のうちから祈っておくか。俺としてはご褒美になる展開が連続したけど、玲奈からすると恥ずかしいと思うことかもしれないし。


「っし! これから定期的に玲奈にお酒飲ませよう。で、このふにゃふにゃ玲奈を定期的に摂取しよう」


 そして、冬華さんにも釘を刺しておこう。

 玲奈も大変かもしれないが、それ以上にこんな甘々玲奈をほいほいと摂取してたら俺が早死にしてしまいそうだ。

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