第64話 お家でまったり

 結局、ベッドから這い出したのはお昼近くになってのことだった。

 食べ物を求めてキッチンに行くと、冬華さんがカップラーメンにお湯を注ぎながらにやにやと俺を見てくる。


「ベッド、すっごくギシギシしてたね~」

「はへ!?」

「オタノシミ、だったんだ」


 いやまぁお楽しみではあったけど世間一般で言うところのお楽しみとはまた少し意味が違うというか性的なことは一切していないというかあぁいやキスは性的なことかとにかくそういうことはしてなくてキス止まりだったからそんな恥ずかしがるようなことはないわけででもベッドがそんなにギシギシしてるならもっと配慮しなくちゃいけないかもしれないしでもあれは玲奈が甘えてきたからせっかくの誕生日ならって好きにさせてあげたい気持ちもあって……。


「隼人くん、すごく焦ってない?」

「焦ってませんです」

「焦ってるね。……玲奈が甘えてきたんでしょ?」


 さすが冬華さん。玲奈のことは何でもお見通しらしい。

 嘘をつく理由もないし、素直に頷く。


「やっぱりね。隼人くんありがとう」

「え?」

「玲奈のこと、甘やかしてくれて。あの子ね、今が一番幸せそうだから。これからもあの子のこと任せるね」

「もちろんです!」


 冬華さんがカップラーメンを持って自分の部屋へと帰っていった。

 入れ替わるように玲奈がキッチンに入ってくる。


「お姉ちゃんと何の話をしてたの?」

「玲奈が可愛いって話」

「もうっ! 何それ」


 クスッと笑いながら、腕まくりをした玲奈は慣れた動きでパンやらソーセージやらを用意し、あっという間にホットドッグを作ってくれた。

 あと、食パンも切り分けてフルーツ缶を開け、フルーツサンドもちゃちゃっと作り上げる。


「相変わらず見事なお手前で」

「もっと褒めてくれたまえ」

「さすがです玲奈様!」


 なーんて、ふざけたやりとりをして笑い合う。

 お昼ご飯にしようと思い、コップにオレンジジュースを用意していると、テレビから重たく響く足音みたいな音と、怪獣の咆哮らしき物騒な音が聞こえてきた。

 いきなりのことで、しかもかなりの大音量だったからビックリしてオレンジジュースをこぼしそうになりながら、どうにか机に撒き散らす事態は避けて振り返ると、ソファに座った玲奈が音量調整をしているのが見えた。


「あ、隼人! お昼から映画を見ながらまったりしたい」

「ご飯は?」

「映画を見ながら食べれるメニューにしたよ! ホットドッグもフルーツサンドも映画館の定番メニューだよ!」


 フルーツサンドが定番メニューというのは聞いたことないけどな。それを言うならフライドポテトとかポップコーンとかじゃなかろうか。

 コップにジュースを注ぎ、棚からストローを出してジュースに投下。一つを玲奈に渡す。

 二人でソファに並んで座ると、玲奈が映画の再生ボタンを押して冒頭のシーンが始まった。

 さっきの怪獣の咆哮でなんとなく想像できたし、前に一緒に映画を見たときもそうだったけど、やっぱり玲奈はアクション系の映画が好きみたい。


「あ!」

「うわびっくりした! どうしたんだよ」

「ごめん隼人。これ、シリーズ三作目だったの完全に忘れてた。一作目からにする?」

「大丈夫。一作目から全部見てるし、何なら冬に公開する四作目も行こうと思ってる」

「四作目って冬にやるんだ! じゃあ、一緒に行こうね!」


 好きなジャンルが同じだと、映画館デートの約束もやりやすい。

 公式サイトで公開時期を見せてから、ホットドッグをかじって再生ボタンを押す。

 冒頭から、日本で有名な怪獣がアメリカの町に向かって熱線を放出する大迫力のシーンだ。これを見に行ったとき、初めての4DX鑑賞でいろいろと勝手が分からず、ポップコーンを持ち込んで盛大にぶちまけたのはいい思い出である。


「すごいよねこのシーン。私、この映画で初めて4DX見に行ったんだけど、持ち込んだフライドポテトばらまいちゃったもん」

「俺ポップコーンでやらかした。似たもの夫婦だな」

「ふっ!? 夫婦……夫婦かぁ。えへへ」

「え? あ! ちょ」


 勢い余って夫婦とか口走ってしまった。俺と玲奈はまだそんな関係じゃなくて……。

 いや、結婚しようって言ってるし、実質夫婦か。恋人というより婚約者の関係の方がしっくりくると思うときもあるし、うん。夫婦だ。夫婦ということにしておこう。

 映画は進み、地下へ向かう途中の怪獣が魚を豪快に食べるシーンに偶然合わさった形でフルーツサンドに噛みついた。


「タイミングピッタリだ」

「偶然だって」

「この後怪獣同士でバトルになるけど、私たちもわちゃわちゃする?」

「映画に集中しなさい」


 しかも今ここでわちゃわちゃしたらジュースがこぼれてソファが大変なことになる。

 くすっと笑った玲奈が耳元で囁いてきた。


「じゃあ、そういうのは夜にね」

「……思う存分相手しますよ」


 ほとんど毎日やってるけど。

 でも、今日は玲奈の誕生日だし、少しでも特別な空気を感じさせてあげたいなと思うんだ。

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