第63話 甘やかされたい日

 朝、毛布の中でもぞもぞと動く気配があり、ゆっくりと目を覚ました。

 胸板にこそばゆい感触があり、視線を下げると玲奈が胸に顔を埋めてすやすやと寝息を立てているのが見える。

 けれど、俺の腰に回されている手にはしっかり力が入っていて、寝たふりをしているのは丸分かりだ。


「玲奈さんや? 起きているのは分かっているぞ?」

「隼人に問題です。今日は何の日でしょう?」


 これまたとても簡単な問題が出された。

 今日が何の日かなんて、間違えるはずもない。


「玲奈の誕生日、だろ?」

「正解。というわけで、お誕生日の主役として今日は私を甘やかしてほしいのです」


 可愛いことを言いながらぎゅっとさらに強く抱きついてくる。

 かと思えば、何かを思い出したように毛布をはねのけて起き上がると、ぱたぱたと小走りに部屋を出ていった。

 そこで俺も玲奈の行動の意図を悟り、体を起こして玲奈を追いかけた。

 思った通り玲奈が向かったのは洗面台で、そこでしっかり洗口液で口を洗っていた。

 俺も同じように洗口液を口に含み、寝ている間に溜め込んだ雑菌を洗い流す。


「たくさんキスしたいから。隼人に口が臭いって思われたくない」

「それ言ったら俺も玲奈に口臭いと思われるの嫌だわ。嫌われたくないしな」

「私が隼人のこと嫌いになるなんてありえないから大丈夫」


 口元をタオルで拭うと、玲奈に手首を掴まれた。


「じゃあ、もっかいベッド行こ?」


 こくん、と首を傾げられると従う以外の選択肢など秒で消し飛ぶ。

 相槌で返し、玲奈と一緒にベッドへと戻った。

 押し倒されるような形でベッドに横になると、上から玲奈が覆い被さってくる。

 そして、両頬に手が優しく添えられたかと思うと、そのまま玲奈の顔がゆっくりと近付いてくる。

 最初はちょんと軽く触れるようなキス。次に唇同士がしっかりと触れあい、最後は強引に舌がねじ込まれる濃厚なもの。

 俺と玲奈の間で何度も舌同士が触れ合い、先端から糸が引いて水音が聞こえる。

 本気で求められたら俺もそういう気持ちが湧き上がってくるもので、気づけば俺の方からも積極的に玲奈の頬に手を添えて貪るようにキスをしていた。

 息が苦しくなるほどに夢中でお互いを求め合って、唇が唾液で艶やかに濡れ、顎から液が滴り落ちるほどになってようやく顔を離し、思い出したように呼吸する。


「んっ、大好きだよ隼人」


 玲奈が体を密着させてくる。

 少しだけ寝癖の付いた玲奈の髪を解くように手を這わせる。

 指が髪と髪の間をすり抜ける度にシャンプーの甘いふわりとこぼれる。


「同じシャンプーを使ってるはずなのに、この世は理不尽だ」

「でも私、隼人の匂いは好きだよ」


 首筋に顔をよせ、形の整った鼻をすんずんと動かして匂いを嗅いでくる。

 片手を玲奈の華奢な腰に回し、もう片方の手でしばらく頭をなで続ける。

 で、俺の手が玲奈の頭を離れた瞬間、よほどお気に召したのか素早い動きで玲奈の手が動いて俺の手を捕まえたかと思うと、頭の上へと引き戻される。


「頭撫でて。もっと甘えさせて」

「よーしよしよし」

「えへへ~」


 蕩けた笑顔で肩の上に頭を乗せてきた。

 全身を密着させているから、玲奈の柔らかい体で繊細な部分が直接押しつけられる形になって俺の体もつい反応を見せてしまう。

 だというのにクスッと笑った玲奈は、また自分の唇を俺の唇にそっと触れさせた。


「もっかい。もっかいキスしたい」


 今度は俺の方からキスをする。

 いきなりで驚いたように体がビクッとなっていたけど、すぐに玲奈の方からもキスが返ってきた。

 また、さっきと同じくらい……違うな。さっきよりも激しくお互いを求め合う濃厚なキスを続ける。

 両頬に添えられた手はどこへやら。いつの間にか俺たちは相手の頭を抱きかかえるようにして夢中になっていた。

 酸素が薄くなり、飲み込んだ唾液が妙に引っかかったところでむせて、ようやく頭が冷静さを取り戻す。


「……毎日が誕生日だったらいいのに」

「これくらいなら、誕生日じゃなくても玲奈が望むならいつだって相手するさ」

「私がダメなの。辞め時が分からなくなるくらいべったべたに甘えちゃうから、誕生日みたいな特別に許せる理由を作らないと自制できなくなっちゃう」

「今でも可愛い玲奈が毎日もっともーっと、こんなに可愛くなるのか。全人類で一番の幸せ者だっていう自信がある」

「……じゃあ、明日から毎日今みたいな時間取ってね。後からやっぱりだめって言っても遅いんだから」


 人間こう言われると途端に不安になるものだ。

 玲奈とのキスは本当に嬉しいんだけど、毎日これくらい濃密にやるとなると、体力大丈夫だろうか。

 あえて言わなかったが、キスだけで終わるわけがないのは分かっている。ベッドでこれやったら絶対に次にも進む。

 体力と、あと肺の力も鍛えておくとしようか。


「……玲奈?」


 気づけば、玲奈は俺の上に乗っかってすやすやと寝息を立てていた。

 腕なんかも完全に脱力しているから、今度は本当に寝落ちしたんだろう。


「おやすみ玲奈。二度寝は気持ちいいもんな」


 時計を見ると、時刻はまだ朝の七時を少し過ぎた頃。

 もう少し寝ててもいいだろうと思い、玲奈をちゃんと柔らかなベッドの上に転がすと、彼女を抱きかかえるようにして俺も目を閉じた。

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