第60話 前準備
それは、昨日のケーキを朝ごはん代わりに食べている時のことだった。
上下下着姿で目のやり場に困る冬華さんは、扇風機の風に髪を揺られながら唐突に手を挙げた。
「どっか泳ぎに行こうよ~」
またすごいことを言い出したよこの人は。
フルーツを口に入れた玲奈は、苦笑いしながら持っていたフォークの先端をカレンダーに向ける。
「お姉ちゃん今の季節分かってる? 海水浴場なんてどこも営業終わってると思うよ」
「ふっふっふ。甘いね玲奈。ちょっと遠出したらまだ営業中の海水浴場があるのだよ」
「え、そうなの?」
「そこら辺はしっかり調べてるからね。それに、海じゃなくてもプールならまだまだやってるところは多いから」
やっぱり抜かりないなこの人。いきなり言い出したように見えて下調べはすっかり済ませてある。
……この間の北陸旅行は行き当たりばったりだった気もするけど。
ま、まぁそれはおいといて、たしかにプールなら屋内で営業している場所とかだと通年でやってるところもあるだろうし、冬華さんの言う少し遠くの海水浴場とかも営業しているのなら、俺と玲奈が行きたいと言えばすぐにでも車を出してくれると思う。
正直言うと俺もこの暑さにはうんざりしていたところだ。
冷房をガンガン効かせた部屋から外に出るのも億劫になる灼熱地獄。だからというかなんというか、最近は夜に玲奈とその、いろいろあるだけで体も満足に動かせてないから運動不足が心配だし、それでいて食べる量は変わってないどころかカロリーだけ見ると多分増えてるから太りそうだ。
思いっきり泳ぐというのも悪くはない。
「で、どうかな二人とも!? 行きたくない!?」
「俺は行きたいなって。玲奈はどう?」
「ここ、行きたい」
玲奈がスマホの画面を見せてくる。
まだ営業中のレジャープール施設だ。ウォータースライダー、アスレチック、長距離プール、ナイトプールまで何でもござれの大型施設。
毎年大勢のお客さんで賑わっていて、大学でもデートスポットに選ぶような会話をよく聞いた気がする。
さすが玲奈、いいチョイスだ。俺も行きたくなってきた。
「いいねいいね! じゃあ、今日行く!?」
「さすがに弾丸がすぎませんかねぇ!?」
「そうだよお姉ちゃん! 土曜日とかにしない?」
「むぅ……じゃあ土曜日まで我慢する」
しょぼん、とする冬華さんがちょっと可哀想だなって思った。
でもまぁ土曜日なんてすぐだし、もう少し我慢してほしい。
「で、お姉ちゃんと隼人に相談なんだけどさ」
「んー?」
「なになに? 可愛い玲奈のためなら何でも聞くよー」
「ありがとう。……今日、水着とか買いに行きたいんだ」
玲奈が言い終わるとほとんど同時に、冬華さんはいつの間にか服を着て車の鍵を指に引っかけてくるくる回していた。
◆◆◆◆◆
と、いうわけで朝ごはんを食べて洗濯とかの家事を爆速で済ませた俺たちは、冬華さんの運転で少し遠くのショッピングモールにやって来ていた。
駐車場に車を停めて、エレベーターで建物の中に。
平日とは言えまだまだ大学生の夏休み真っ只中の今日。同年代くらいのグループがそこら中にいて賑わいを見せていた。
「玲奈! はいこれ」
「え?」
「お小遣い。これで水着以外にも好きなもの買っていいよ」
冬華さんはそう言って玲奈に……何でこの人クレジットカード渡してるんだよ。お小遣いってそういうものだっけ?
でもこれもいつものことだし、もう慣れている自分がどこかにいてつい笑ってしまった。
それは玲奈も同じみたいで、苦笑しながらお礼を伝えると俺の腕を引っ張って歩き出す。
「こっち。どんな水着が可愛いのか隼人に見てほしいんだ」
その言葉にドキッとしてしまう。
玲奈のいろんな姿は既に見ているけど、なんだかんだ水着は見たことがない。また新しい魅力を見つけてしまうことになりそうで嬉しい意味で困ってしまうな。
玲奈に連れられてスポーツ用品店へ。
もうすぐ行楽ということで登山系のグッズが売り場面積を広げていたけど、それでもまだまだ水着コーナーは健在だ。
スキップ気味の玲奈が嬉しそうに水着が並んでいる一角へと向かっていく。
ついでだし俺もラッシュガードとか買っておこうかな。水着は使ってるやつで問題ないけど、ラッシュガードとかそういうのは持ってないから一つくらい持っていてもいいかもしれないと思う。
「隼人くんも何か必要な感じ?」
「あ、そうですね……ラッシュガードとか買おうかなって」
「おっけー! じゃあ、支払いは任せて玲奈のと一緒に買っちゃいなさい! ついでに水着も新しいのいっちゃえ!」
「隼人も何か買うの?」
「水着諸々新調するって。玲奈の選び終わったら一緒に選んであげたら?」
なんか、とんとん拍子に俺の水着も買う流れになった。
ここはお言葉に甘えさせてもらおう。せっかくだから格好いいのを選びたい。
何はともあれ、まずは玲奈の水着選びからだけどな。
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