第52話 旅行最終日

 兼六園は緑豊かな場所で、自然を楽しむには充分すぎる場所だった。

 けど、どうも俺は玲奈のお父さんとの一件が引っかかって、満足に楽しむことができなかった気がする。

 それはその後も続いて、もっと北の能登半島の方まで出向いて観光や美味しい海の幸を食べに行ったときも同様で、楽しむことはできたんだけど完全燃焼とまではいかなかったと思う。

 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎ、気が付けば明日にはもう家に帰るといった状況になっていた。

 金沢最終日の今日は、昼からお土産を選んだりホテルでゆったりする時間にしようということになっている。

 冬華さんはさっさとホテルに戻って地酒を楽しんでいるって聞いてるから、俺と玲奈は駅中のお店でお土産類を見ていた。

 と言ってもあまり多くを買うつもりはないんだけど。帰ってからのお楽しみ用がほとんどで、篠原たちに渡す用は休み中に会う機会があるか分からないし、日持ちしそうなものをちょこっと選んでおけばいいと思う。

 海鮮系や乾物類は宅配便で送り、ふりかけや輪島塗などの持って帰れそうなものは袋に詰めて両手に提げる。


「ねぇ隼人。せっかくだしまたプリン買ってホテルで食べない?」


 玲奈が立ち止まり、服の袖を引いた。


「隼人?」

「あ、ごめん。なんだっけ?」

「大丈夫? ボーッとしてたみたいだけど」


 やってしまった。せっかく玲奈と一緒だというのにつまらなさそうにしてしまうとは不甲斐ない。

 とりあえず謝っておいて、それから直近の記憶を掘り起こす。


「プリンね。いいよ買っていこうか」

「ねぇ。本当にどうしたの?」


 心配そうな表情で玲奈が顔を覗き込んでくる。

 隠し事はできないなと思い、正直に玲奈のお父さんに素っ気ない態度を取られたことを気にしていると伝えた。


「本当にごめんなさい! そんなに悩んでるなんて思わなかった……」

「いやまぁ、いいんだけどね。玲奈と結婚するならこの先ずっと関わることになるから、仲良くしたいなと思っただけで」

「いいよそんなの。無理に仲良くする必要ないって。あんなの無視して大丈夫」

「あんなのって……。そういうわけにはいかないだろ」


 将来的に義理のお父さんになるかもしれない人だ。無碍にはできない。

 でも、思えば俺も玲奈の家に転がり込んだ身でありながら一度も挨拶に行っていないな。

 杏奈のご両親にはすぐに紹介されたけど、そのことを周りに話したらレアケースだっていうから付き合っているだけでは挨拶には行ってなかったけど、よくよく考えたら俺たち同棲してるじゃないか。

 考えれば考えるほど失礼なことをしているのは俺の方じゃないかと思ってくる。


「気にしなくて大丈夫だって」

「え」

「私と付き合っていることを報告しなかったから不機嫌なんじゃないか、みたいに思ってる顔してたよ。違う?」

「その通りです」

「やっぱり。あの家の名義はお母さんだから、同棲始める時にちゃんと伝えてるよ。挨拶に来なくていいって言ったのはお母さんだし、そのことはお父さんにも伝えてくれてると思うから全面的にお父さんが悪い」


 そういうものだろうか。

 でも、やっぱりいつかはちゃんと面と向かって話をしなくてはと思った。


「ほらほら! 気にしないで、っていうのは難しいかもだけど、プリン食べて忘れよう! 最後まで楽しまないと!」


 腕を引いて走り出す玲奈について行く形で俺も駆け出す。

 そうだ、うじうじ悩んでいても仕方ない。今は旅行中なのだから、後から考えればいいのだ。

 気分で食べたい味を選び、それらも持ってホテルへの帰り道につく。


「隼人」

「んー?」

「楽しかった? 楽しめた?」

「ごめんって。でも、充分楽しむことができた」

「そっか。じゃあ、よかった」


 くるっと回って微笑む玲奈の笑顔が眩しい。


「また、どこか行こうね!」

「ああ。だな」


 また休みになればどこか旅行に行こうと約束をして。

 お土産の詰まった袋を片側にまとめ、しっかりと恋人結びで手を繋いだ。


◆◆◆◆◆


「うぅ~……ぎぼちわるい」

「飲み過ぎるからだよ」


 呆れ声の玲奈と青い顔をした冬華さんを見て、つい笑ってしまう。

 結局、冬華さんは昨日だけで地酒二瓶を開けてしまったのだから恐ろしい。それで二日酔い気味にならなきゃ世話ないんだけど。

 駅のホームで新幹線を待っている間も、冬華さんはベンチで前後にフラフラ揺れていた。


「荷物持ちますね」

「ありがとうね隼人くーん。好き~」

「は? 怒るよ」


 玲奈から底冷えするような声が漏れる。

 まぁ、酔ってるからといって好きはちょっと危ないかな。気をつけないと、玲奈さん怒ると怖いので。

 あははー、と笑った冬華さんはキャリーバッグにもたれかかる。


「そういえばもうすぐ玲奈の誕生日でしょ~。お酒解禁だから日本酒の美味しさを知るといいよ」


 あ……そうだった。

 もうすぐ俺の誕生日。そして、その三日後が玲奈の誕生日だ。

 俺の誕生日はこの際どうでもいい。けれど、大切なことを忘れてしまっていた。

 誕生日プレゼント……まだ用意できてないです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る