第45話 のどぐろと海鮮と幸福と
思ったよりも早く、十五分ほど座っていたら名前が呼ばれた。
真っ先に冬華さんが店に飛び込んでいき、玲奈が呆れたように肩をすくめながら後に続く。その後ろに俺も続いた。
テーブル席に通され、メニュー表を手に取り眺める。
「あった! のどぐろ定食!」
「浮かれているお姉ちゃんに残念なお知らせです」
玲奈がメニューの端に小さく書かれている文字を指さす。
「提供数は日によって仕入れ量が異なるので変動します。もう今日の分は全部出てるんじゃない?」
「そ、んな……!」
「聞いてみないと分からないですから。すみませーん!」
がっくしと肩を落とす冬華さんに代わり、俺が手を挙げて店員さんを呼ぶ。
「はい!」
「のどぐろ定食ってまだあります?」
「すみません。こちらあと二食だけなんですよ」
おっと。この中で一人食べれない人が出るのか。
じゃあ今回は俺が身を引こう。のどぐろは気になるけど、実は他にもっと興味を惹かれるものも見つけているし。
この、海鮮盛り合わせ定食というのが気になる。写真を見るかぎりはめっちゃ豪華そうだ。
俺はこれに決めるとして、二人はやっぱりのどぐろだろうか。
「俺は決めました。冬華さんと玲奈はどうする?」
「隼人、本当にのどぐろいいの?」
「いいよ。二人で楽しんで」
「私が少し分けてあげるね。私はのどぐろ定食と、あと烏龍茶で」
「俺は海鮮盛り合わせ定食と烏龍茶で。冬華さんは……」
「二人ってこの後予定ある?」
「特にないけど……」
「ごめんね。私、少し疲れたからホテルで休むよ。私はのどぐろ定食と地酒で!」
あ! お昼から飲むつもりだこの人!
旅の疲れを言い訳に地酒を飲んでホテルで休むとは、なんと贅沢な時間の使い方……!
注文を受けた店員さんが厨房に伝えに行った。
「お姉ちゃん……」
「だって! 気になるもん!」
まぁ、美味しそうな説明文ではあるけど。
俺も合法的にお酒が飲める年齢になったら、昼間から飲むという悪魔的行為をやってみたい気もする。
「まったく。介抱するのはごめんだからね」
「酔い潰れて迷惑かけるようなことはしないから大丈夫だって~」
玲奈が若干の呆れ顔だ。
しばらくして、美味しそうな匂いが近付いてくる。
「お待たせしました。こちら、ご注文の定食になります」
「「「うわぁ!」」」
俺たちの前に並べられた豪勢な定食。
玲奈と冬華さんが頼んだのどぐろ定食は、ご飯とお味噌汁、そして漬物が置かれてそこにメインののどぐろが煮付けと焼き魚で並べられていた。しかもマグロとブリの刺身まで付いている。
俺の海鮮盛り合わせ定食も、ご飯とお味噌汁、漬物までは同じで、いろんな種類の刺身や地元野菜の煮物、よく分からない魚の煮付けと焼き魚、あらゆる魚介の天ぷらとフライが少しずつ多くの種類が盛り合わせになっている。
遅れて運ばれてきた烏龍茶と冬華さんの地酒が並ぶと、テーブルの上は非常に豪華な有様となっている。
「写真撮っておこう」
「私も私も!」
「また今度時間見つけてもう一回来よっと」
三人でスマホをパシャパシャと。
素晴らしき定食を見ていると、お腹が間抜けな音を鳴らした。唾が飲み込まれる。
「じゃっ、食べますか」
「そうだね」
「いただきます」
冬華さんと玲奈はもちろんのどぐろから、俺は焼き魚から口を付ける。
「「「うまー!」」」
これが日本海の恵みか! 魚介がここまで美味しいとは思わなかった!
昨日の寿司も格別だったけど、これはこれでまた違う奥深い味わいが口の中に広がる。
「はい隼人。あーん」
玲奈が切り分けたのどぐろの煮付けを口元へ運んでくれる。
大勢の人の前で少し恥ずかしいけど、断る選択肢はないから一口食べさせてもらう。
瞬間、甘辛いタレと良質なのどぐろの旨味が洪水のように一気に胃へと流れ出す。
「これがのどぐろ……!」
「高級魚なだけあっていい味出てるね!」
「ほんとそれ! あ、玲奈もはい。あーん」
もらってばかりでは悪いから、俺もお返しにエビの天ぷらを食べさせてあげる。
大根おろしを少量付けて、つゆに浸したぷりっぷりのエビ天に玲奈がかぶりついた。
肉厚な身を噛みきると衣に染みこんだつゆが飛ぶ。
「ジューシーで美味しい! こんなエビ天食べたことないかも」
「やっぱりこっちのは違うな!」
俺もエビ天をつゆに浸けて食べる。
向こうだと店でも中々見ない肉厚さに、口が満足感を訴えかけてきた。
じゅわっと広がるつゆとエビの旨味に舌鼓を打つ。
「かぁ~! 来て正解だわこれ!」
「お姉ちゃんが酒豪のおっさんみたいになってる」
「尊いやりとりを見てたら地酒が甘い! それが辛みを引きだして味わい深くなってていいねこれ!」
お酒を飲みながら焼いたのどぐろを大きく切り分けて食べている。
俺たち三人、自然と笑顔ができていた。
冬華さんの言うとおり、本当に金沢に来て良かったと思うよ。
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