第43話 今日から旅行です

 朝、始発電車の時間に間に合うように目を覚ます。

 既に玲奈は起きていて、キャリーバッグを開けて忘れ物がないかを確認していた。昨日お寿司屋から帰ってきて急な用意だったから、忘れ物があるかもしれないと思うと確認しておいて損はないだろう。

 冬華さんもリビングで待機していて、俺が着替えるともう出発できるような状態だった。

 待たせてしまって申し訳ないと謝り、すぐさま着替えて俺もキャリーバッグを持つ。


「よしっ! じゃあ行こう!」


 冬華さんの号令で、俺たちも揃って家を出る。

 昨日はいきなりのことで戸惑いながらいろいろ言っていた玲奈も、今はすっかり旅行気分だ。

 ウキウキしているのが分かりやすい足取りでキャリーバッグを引いていた。

 戸締まり良し。最終確認良し。

 薄暗い青空の下、北陸に向けての第一歩を踏み出す。

 ちなみに、今回の旅費はお土産と交通ICで行ける範囲以外は全部冬華さん持ちだ。お世話になります!

 朝の静かな住宅街に、ガラガラと車輪が回る音が響く。

 そして、駅に入ると朝一番から出勤するであろう何人かのサラリーマンと出会った。

 皆、羨ましそうな目でこちらを見てくる。やっぱりこんな風に遊べるのは大学生の特権だよね。

 しばらく待っていると電車がホームに入ってきて、それに乗り込み移動する。

 在来線と特急を乗り継ぎ、まず目指すのは東京駅だ。そこから北陸新幹線に乗り換えて金沢まで向かう。

 移動におよそ三十分。最初の目的地である東京駅に辿り着いた。

 構内を歩いて新幹線ホームに向かう。

 と、ここでお店を見つけた。


「もうお店開いてるんだラッキー。二人とも、何か駅弁でも買って新幹線で食べない?」

「そうですね。駅弁、いいと思います」

「私も食べたい!」


 朝早いというのに行き交う人の波を抜け、開いている駅弁のお店に入る。

 食べたいものをどうぞ、ということでお言葉に甘えて食べたいものを選ばせてもらおう。


「あ、二つ買っておきな。朝とお昼用に」

「お姉ちゃんさぁ……お昼はせっかくだし金沢で食べようよ」

「……そうでした」


 ……あっぶねぇ。玲奈に言われなければ朝とお昼用に二つ選ぶところだった。

 金沢到着がお昼を少し過ぎるから、車内で腹を満たそうと考えて食欲に負けていたのがバレるところだった。

 手にした二つ目をこっそり陳列棚に戻し、お支払いのために冬華さんに預ける。


「隼人は牛めしなんだね。それも美味しそう」

「向こうでは海鮮を食べまくるだろうから、ここではお肉をってね」

「そっか。私もお肉にしたらよかったかも」

「玲奈の天むすもいいじゃん! よければ少しずつ分けあう?」

「いいの? やったぁ!」

「朝から仲いいねぇお二人さん」

「「牛タンてんこ盛り弁当!?」」


 朝からすごいもの食べるな冬華さん……驚きだ。

 冬華さんに支払ってもらい、弁当を持って新幹線のホームに移動する。

 予約が取れた便はまだまだ出発が先だから、ホームにある待合室で談笑をして時間を潰していた。

 一時間近く経ち、ようやく俺たちが乗る新幹線がホームに到着する。


「何号車でしたっけ?」

「十一号車だよ」

「あ、当然のようにグリーン車」


 予想できていた自分が怖い。

 これまで新幹線に乗るときは自由席だったから、指定席どころか人生初のグリーン車に少し緊張する。

 話を聞くと玲奈もずっと指定席だったみたいで、グリーン車は初めてのようだ。

 切符を持っていない人は通り抜けすらできない豪華な車両に足を踏み入れる。


「「わぁ」」


 ふっかふかの絨毯だ。しかも席も広い。

 普通の車両と違って三列シートがないんだ。だから広々としているんだな。

 なら、席をどうしよう。三人横並びだと思っていたからこれは想定外。


「隼人くんに折り入ってお願いが……」


 低姿勢で冬華さんが耳打ちしてくる。


「はい」

「ごめんっ! 玲奈の隣は今回だけ譲ってほしい!」


 そうきたか。ちょっと悩ましいところではある。

 が、これには玲奈が反発した。


「やだ! 私は隼人の隣がいい!」

「お願いよぉ! 今だけは玲奈と触れ合っていたい!」

「えー!」


 玲奈はすっごい嫌がっているけど、今回お金を出してくれているのは冬華さんだし、そのお願いは無視できないしなぁ。

 妥協案はこの辺りだろうか。


「冬華さんが窓側で隣に玲奈、で、通路挟んで俺が座るのはどうでしょう」

「隼人くん……! ありがとう!」

「玲奈はこれじゃダメか?」

「嫌だけど……隼人が言うから従う。でもホテルではいっぱい甘えるからね」


 どうにか玲奈が納得してくれたから、この席順で座った。

 シートにもたれかかると、自由席とは比べものにならない快適感に胸が躍る。


「すっげぇ」


 極楽気分で隣を見ると、いい顔をした冬華さんが玲奈を抱きしめて愛でていた。

 行きの段階で楽しい旅になりそうだなと、俺は心から思う。

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