第42話 またまたお姉さん大暴走
場違いではないだろうかと不安を感じながら、俺も玲奈も緊張した面持ちで冬華さんに付いていく。
一方、冬華さんは特に気にする素振りもなくカウンター席の大将の真ん前に座った。
「ばんわ~。今日、何が入ってます?」
「らっしゃい冬華ちゃん! 美味しいマグロ、入ってるよー!」
「いいですね! じゃあ……マグロとアジから先に!」
「あいよ! 今日はお連れがいるんだね」
「妹と義弟なんです。もう自慢の二人です!」
「いつも話している妹さんかい。本当にいい子そうだ! 夫くんも妹さんを大事にしてくれそうな感じがするねぇ」
「この二人まだ夫婦じゃないんですよね~。将来の義弟ってところです。あ、二人にオススメの握りを食べさせてあげてください」
「あいよ! 任せときな!」
もうこの会話だけで冬華さんと大将の関係性が結構深いことが分かる。
引っ越してくる前は結構な頻度で通ってたんだろうな。ちょっと羨ましいと思う自分がいた。
そして、玲奈は俺を夫と呼ばれたことで嬉しいのか恥ずかしいのか顔を赤くしていた。
可愛い、と無限に浮かんでくる感想を思い浮かべながら店内を見る。
「さすが高級店。和を感じる……!」
「江戸幕府ってこんな感じだったのかなって思っちゃうね」
「大将自慢の内装らしいからね」
待っている間も目が肥えていく気がする。
もう二度と見えないであろう光景だ。しっかり楽しんで自慢の材料にしておかねば。
……冬華さんのことだから、また連れてきてもらえそうだけど。
と、先に冬華さんのマグロとアジ、そして俺たちのマグロとヒラメが用意された。
「お待ち!」
「「わぁ!」」
俺と玲奈が同じタイミングで感嘆の声を発する。
普段は見ることのない高級寿司は、キラキラした光を放っていると錯覚するほどに美しかった。
早速ヒラメを手に取り口へと運ぶ。
淡白な中にしっかりと魚介の旨味が染みだしてきて、回転寿司では考えられないような旨味の奔流が唾液に溶け込み口いっぱいを幸福感で包み込んでいく。
「「美味し~!」」
「いい反応だねぇ! 嬉しくなるよ!」
「一挙一動が尊いんですよ」
冬華さんもにこやかな顔でアジを口にしていた。
「んっ! これも美味しい!」
「だろう? やっぱり魚は新鮮なものが一番だからな!」
「ですよね! ……そうだ!」
ポン、と手を打った冬華さんが、スマホを取り出し何かを検索し始めた。
そして、画面を確認すると俺たちに身を寄せてくる。
「二人とも、明日から休みだったよね? アルバイトのシフトはどんな感じ?」
「私はしばらくないけど……」
「俺もしばらく入ってないですね」
「よし決まり!」
画面をタップすると、メールの着信を報せる音が聞こえた。
「大将! この時期日本海だと何が美味しい?」
「うーん……蟹はシーズンじゃないし、夏だからな。無難にのどぐろか」
「のどぐろ! 何気に食べたことないから楽しみかも!」
「なんだい。日本海側に行くのかい?」
冬華さんは旅行かな。お土産を期待しておこう。
隣で玲奈がマグロを食べて幸せそうな表情をしており、俺もマグロを口に入れる。
良質な脂と赤身の旨味が絶妙に混ざり合い、マジで美味い。
と、冬華さんが視線をこちらに向けた。
「てなわけで、今日帰ったら荷造りね。明日から北陸旅行だよ!」
……ん?
「お姉ちゃん? 私たちも……?」
「そうだけど」
え……えええぇぇぇぇぇぇ!?
「そうやってまた! いつもいきなりなんだから!」
「ごめんって! でも、足も確保したしホテルも取れちゃった」
さっきの操作はそういうことか! そんな思いつきで旅行に行けるんだ!
ジェットコースターもビックリのスピード展開に混乱し、大将は笑っている。
「冬華ちゃんの思いつきはいつものことだよ。頑張って慣れてやりな」
「んな無責任な……」
「大丈夫! 部屋もちゃんとダブルとシングルで取ったから!」
「そういうことじゃ……!」
「まぁまぁ。へい! 赤出汁とブリ、イクラだよ!」
「あ、私にもブリとイクラください」
「あいよ!」
何か言いたげな玲奈だったけど、イクラの軍艦を食べて言葉を飲み込んでいた。
俺も、冬華さんのとんでも事象に頑張って耐性を付けようと思いながら、赤出汁を啜る。
貝の風味と味噌の香りが鼻を抜け、体が温まった。
ブリを食べると、どっしりと脂が乗っていて、わさびを付けなかったことが悔やまれるほど濃厚な味わいで満足だ。
「今の時期だとのどぐろも美味いし、キスとかもいいかもな。魚介が食べたいのなら、能登島の少し南にある七尾ってところがいいと思うよ」
「情報ありがとう大将! 二日目くらいに行ってみる!」
「ちょっと待ってお姉ちゃん! 何泊するつもりなの!?」
長期の旅行になりそうだ。
というわけで、明日から北陸に行ってきます。
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