第41話 テストが終わって

 蝉の声が騒々しくなり、道行く人の服がほとんど半袖へと変わった七月の後半。

 クーラーの効く涼しい部屋で、俺は最後のテストを受けている。

 このテストを終えればいよいよ夏休みの訪れだ。あと少し、と自分に言い聞かせて問題に向かう。

 中国語の最大の難敵はリスニングだ。文法や単語は覚えていればいくらでも応用が利き、最悪授業で学んでいなくても意味が通っていれば正解にしてくれるのだから。

 しかし、リスニングだけは厳しい。四声の聞き取りに苦労するというのは、中国語を学んだ人なら分かってくれると思う。

 手早く文法問題を片付けて長文を読み解き、時間が来たのでリスニングに挑む。

 授業中はずいぶんと苦労したが、今度こそはしっかりと判別してやろう!


◆◆◆◆◆


「……で、ダメだったと」

「……うん」


 帰りの車の中で、俺は項垂れながら玲奈に愚痴を聞いてもらっていた。

 結局、何を言ってるのかさっぱり分からなかったリスニングは酷い結果になっていると思う。やっぱり難しすぎる。

 他は手応えあるから単位を落とすようなことはないと思うけど、リスニングという難敵を乗り越えたかっただけに悔しさは半端ない。


「玲奈はドイツ語だったんだろ? 問題なかったのか?」

「ちょっと怪しいところもあったけど、結構解けた方だと思うよ」

「リスニングも?」

「うん。苦労したけど致命的なことはやってないと思う」


 それを聞いてますますへこんでしまう。

 ドイツ語と中国語では難易度も違うだろうが、玲奈は格好よく聞き取れて俺は頭の中クエスチョンマークでいっぱいにしてあたふたしていたと思うと少々情けない。

 テスト勉強としてかなり音源は聞き込んだはずなのに、まだ足りないというのか……。


「まぁまぁ。単位が危ないものはないんでしょ? なら、終わったんだし楽しいことを考えようよ!」

「そう、か……そうだよな」

「そうそう! それと今日ね、お姉ちゃんが美味しいお寿司をご馳走してくれるって言ってたよ。回らないお寿司だってさ」

「初めて行くよそんなの」


 よし、切り替えていこう。単位は無事なんだ。きっとな。

 終わったことをしつこく引きずろうとせず、帰って復習だけして夏休みの予定とお寿司について考えを巡らせることにする。

 帰りにペンギによって冷凍食品とお菓子、それからジュースが少し少なくなってきたからそれらを買い足して、それからようやく家に着く。

 荷物を自分の部屋に入れるために階段を上がると、冬華さんは誰かと電話で話していた。詳しい内容は分からないけど、仕事関係っぽい単語が出ている。

 邪魔しないように静かに動き、鞄を置いて一階に戻ると、買ってきたものをそれぞれ置いてある棚へと片付ける。

 そして、持って降りてきていたテキストを広げた瞬間、冬華さんも二階から降りてきた。


「おっ、二人ともお疲れ様。じゃあ、行こうか」

「もうそんな時間?」

「いんや? お昼抜いたからお腹空いてて、早く食べたいだけ」

「冷蔵庫に牛丼作っておいたじゃん!」


 玲奈が冷蔵庫を開けると、冬華さんのお昼用に作られた牛丼がそのまま残っていた。

 もったいない。あれは俺がもらおう。

 怒る玲奈に冬華さんが縋り付いて謝っていて、見かねた俺が仲裁をしてどうにか怒りを鎮めてくれた。

 けどまだ少し頬を膨らせている玲奈の機嫌を取りながら、帰って早々だけど今度は冬華さんの車に乗り込む。

 まだ慣れないベンツの高級感に背筋を伸ばしていると、冬華さんが笑って車を発進させた。


「にしても、玲奈の言うとおり夕食にしては早い時間ですけど、予約とか大丈夫なんですか?」

「予約なんてしてないよ。大将とは顔なじみだし、それにいつも席は空いてるから大丈夫っしょ」

「隠れた名店的なお店なの?」

「完全時価で高いからお客さんが中々入らないのよ。味は保証するから」


 またとんでもない店に連れて行かれそうになっていた。直握りの時点でそんな予感はしていたけどやっぱりか。

 玲奈もそこまでは想定していなかったみたいで、服装は問題ないかとかしきりに気にしていた。

 でも、それを言うなら俺の方が危ない。今の服装なんてかなりラフな姿だぞ。

 こういう時って、大抵のものが高級服に見えてしまう女子の皆様方が羨ましくなる。


「着いたよ~。ここが目的のお店」


 中心駅から近くにあるビルの地下一階にあるお店。

 俺ここ知ってる。この前二つ星を獲得した超高級お寿司屋さんじゃん。

 ここの大将と顔なじみということは、冬華さんは結構な常連というわけで?


「何者なんだこの人……」

「気にしたら負けだよ」


 玲奈の想定も軽く上回ってくる冬華さんの超人っぷりは、まだまだ慣れそうにないな。

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