第39話 テストの季節になりました
「なんだろう。まっつんからお金持ちの匂いがする」
「言うな。俺がお金持ちなんじゃなくてお金持ちが匂いを移したんだ」
「何それうらやま」
冬華さんが引っ越してきておよそ一ヶ月が経ち、講義室でこれまで配られた資料を読んでいると、隣の席に座った雨宮からそんなことを言われる。
クレジットの一件もそうだけど、あれからも冬華さんは見事な暴走を見せてくれて、それに対して玲奈が呆れながら口を挟むという構図が続いた。
あの日のお昼にしたってそうだ。
俺はお昼ご飯を外食にする場合はなるべく千円以上使いたくないと思っているし、高くても千二百円くらいかなと考えている。
ところがどっこい。冬華さんに連れて行かれたのは高級焼肉店のランチだった。お値段ランチセットでまさかの二千五百円。
それだけでも充分驚くというのに、それからも冬華さんは美味しいものをたくさん用意してくれた。十日前なんて、玲奈がトンカツでも作ろうかと提案したのを聞いて、一時間後には立派なかごしま黒豚が塊で用意されていたし。
玲奈が六割俺が四割の生活費も、いつの間にか冬華さんが全額負担になっていた。
お金を出すだけ出して、家計の管理は玲奈がしてくれてるんだけど、家のお金と支出額の大きさに目を回しそうになっていたのは今でも可哀想だと思う。冬華さんって冗談抜きで値段を見ずに欲しいものを買うから、三人の食費だけで量は一般的な三人分と変わらないはずなのに軽く十五万円に迫ろうとしていた。
しかもこれでまだ黒字というのが本当にあった恐い話である。テレビ局に投稿したらワンチャン採用されないかな。
さらに言えば、食費だけじゃなくて娯楽品とか衣服とかも奮発してくれるから、もうまともな生活に戻れない状態まで生活水準を爆上げされている気がする。
もらったクレジットカードにはまだ手を付けていないのが最後の砦みたいな雰囲気で、多分これで支払いをした瞬間に俺は完全に堕ちると思う。
「お金を得た者にしか分からない悩みって本当にあるのね」
「俺も都市伝説だと思っていたからビビってる。しかもこれ俺が稼いだお金じゃないから余計にな」
「でも、バイトは続けてるし自分のお金を使う分には常識的な額なんでしょ。まだギリギリ耐えれてるって」
「だといいんだけど」
ははっ、と乾いた笑みを返す。
そして、もう一度資料に目を落とした。
「にしてもさぁ。まだ七月の前半なんだけど」
「うんうん」
「テスト早すぎない!? ふつー七月終わりとか八月初めだよねテストって!」
「その分夏休みが伸びるって考えると気が楽になるぞ。期末レポートは出るけど」
「いやあぁぁぁぁぁ!」
騒いでいる暇があるなら資料を見返せ雨宮。この授業のテストは結構難しいって聞くからな。
七月前半から中旬にかけて、ちらほらとテストになる授業が目立ち始める。
雨宮の言うとおり、他の大学に進んだ友達は七月後半辺りがテストだと聞くし、うちの大学も大多数が同じ時期にテストをするから、この授業や早めのテストをする授業が特別なだけかもしれないが。
まぁそれはいいんだ。問題は、難しいテストを解いた後で長々とした期末レポートの提出を求められるという点にある。
テストかレポートかどっちかでいいと思うんだ。二つもやるのは身が持たないって。
他の授業はどっちかだけというのが多いが、この授業は厳しい。
「まっつんはさぁ、夏休みどっか行くの?」
「ついに現実逃避を始めたか?」
「そうだよ逃げて悪い!? ……で、どうなのよ」
「そうだなぁ……旅行は行きたいかもしれない」
「へぇ。やっぱり玲奈ちゃんとハネムーン?」
「まだ結婚してねぇよ普通に旅行だ。他にもサークルから旅行や飲み会に誘われてるからそれも行きたいかなって」
「アウトドアサークルだっけ? 幽霊も誘われることあるんだ」
「失礼な。他のサークルは知らんが、俺のところは長期休みの活動以外は新歓の飲み会くらいしかないから、普段は行ってないように見えるだけだよ」
「その活動内容も、海行ってサーフィンしたりバーベキューしたり。あと観光地を巡る旅行とかでしょ。ゆるっ!」
それが魅力的だから入ってるんじゃないか。活動の一切ない月も部費として二千円が徴収されるけど。
でもその分イベント事に参加すると月額の部費以上のリターンがあるから、二千円くらい苦とも思わない。
「たしかりっくんとせーなんも同じサークルだったよね。いいなぁ私も入ろうかな」
「入部届持って来てやるよ」
「今からでも間に合うんだ。じゃあ近いうちに持っていくよ。部室どこ?」
「十号館の二階。グループチャットで俺から代表に言っておくから、学生課に入部届出すだけでいいぞ」
雨宮にそう言いながら、玲奈も誘ってみようかなと思う。
俺も夏休みの過ごし方について考えていると、チャイムが鳴って教授がテスト用紙を抱えて講義室に入ってきた。
空気が引き締まる。テストの時のあの緊張感だ。
楽しいことの前に立ちはだかる壁を打ち壊そうと、シャーペンを持って気を引き締める。
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