第38話 お姉さん大暴走
冬華さんが車に乗る分の荷物を自分の部屋に入れている間、俺と玲奈はリビングで座っていた。
若干呆れ顔の玲奈が頭を抱えている。
「本当にごめんね隼人。お姉ちゃん、いつもいきなり突拍子もないことするんだから」
「気にしてないから。というより、以前から言われていたしね」
「それにしても普通引っ越しの日くらいは連絡するものじゃない?」
それはまぁ、少し思った。
どんな荷物があるのか分からないけど、大きなものがあるのなら部屋に入れられるように通路の障害物を取り除いておかないといけないし、やはりいきなりだと円滑な作業というものにどうしても支障が出てしまう。
冬華さんや業者の人がそれでもいいと言うのなら、こちらはもう何も言えないけど。
というより、普段から玲奈がこまめに掃除してるから大きな邪魔になりそうなものはないと言えばないんだけどね。
大きなため息を吐いた玲奈の背中をさすって宥めていると、またしてもインターホンが鳴った。
「こんにちはー! 引っ越しの白猫でーす!」
玲奈も俺も瞬発的に時計を見た。
もうすぐ時計の針は頂点を指す。たしかにお昼と言えばお昼だけど、もっと遅い時間だと思っていた。
玲奈が肺の空気を全部出したんじゃないかと思うほど大きなため息を漏らし、まぁまぁとまた宥める。
「手伝いに行こうか」
「……そだねー」
立ちあがって玄関に向かう。
既に降りてきていた冬華さんは、梱包された箱を確認しているところだった。
「手伝うよお姉ちゃん」
「あ、助かる~! じゃあ、これらを部屋の前までお願い。中身は私がセットするから」
そう言われ、箱の底に手をかける。
持ち上げようとすると、めちゃくちゃ重くて持ち上がらなかった。これは一人で運ぶのは階段もあって無理だ。
玲奈は業者の人とさっさと持っていってしまった。他の業者の人は比較的軽い箱を持って進んでいく。
「こっち、私が持つね」
「ありがとうございます」
確認を終えた冬華さんが反対側を持ってくれた。
二人でようやく持ち上げることができ、ゆっくりとした足取りで慎重に進む。
「重いですねこれ」
「仕事道具とかいろいろ詰まってるからね。大変だと思うけどもう少し頑張って」
「へぇ。冬華さん、お仕事何をしてるんですか?」
「フリーのデザイナーだったりイラストレーターだったり。結構注文来るんだよ」
「そうなんですね。それで投資にも成功してると」
「そそ。だから、時間もお金もたーっぷり余裕があるんだ。二人のイチャイチャ生活のサポートはお姉さんに任せなさい!」
ドン、と自信満々に胸を叩くけど、片手を離したことで重量の負担が増して危うく箱を落としそうになった。
慌てて踏ん張り、お姉さんも焦ってすぐに手を添えて箱を持ち上げる。
もしやこの人、肝心なところで抜けてるんじゃないだろうかと、この短時間で痛感してしまった。
「ごめんなしゃい」
「今は気をつけてくださいね」
しゅん、と落ち込んだ冬華さんに苦笑しつつ、業者の人とすれ違って部屋の前に箱を置く。
俺たちの箱が最後の荷物で、冬華さんは業者の人を送るために一階に降りていった。
トラックが出発する音が聞こえ、冬華さんが部屋の前に戻ってくる。
「二人ともありがと~。お腹空いたよね」
「そうそう。お昼、どうしようか」
「よければ食べに行かない? ご馳走するよ」
車の鍵を指で回転させながら、冬華さんが満面の笑みを浮かべる。
「ついでにこのまま遊びに行くのもいいんじゃない?」
「お姉ちゃん。もしかしたらと思っていたけど、あのベンツ買い替えたばっかりでしょ」
「あ、バレた?」
「この前見た車と少し違っていたんだもん。だから、乗り心地を自慢したいんでしょ」
「それは少し違うって玲奈。私は可愛い妹とその恋人のためになるような行動を心がけているんだって」
「本音は?」
「半分自慢したい」
やっぱり少しは自慢したいんじゃないか。心の中でツッコんで笑ってしまう。
玲奈も短く噴きだし、肩をすくめて首を振った。
「お昼ご飯だけ食べに行こう。私、夕方からバイト入ってるから」
「あ、そういや俺も今日バイトだ」
「それは残念。じゃあ、お昼だけ食べに行きましょうか」
軽い足取りで階段を降りていく冬華さんを、玲奈と二人で追いかける。
戸締まりをしっかり確認し、人生初めてのベンツに乗り込んだ。
爽やかな芳香剤の香りがする。あと、言葉にすると変なのができそうだけど、高級感溢れる革の匂いがする気も。
小市民並の貧弱語彙力でベンツすげーって思っていると、運転席に座った冬華さんが思い出したように手を打った。
助手席に置いていた封筒のようなものを手に取ると、俺と玲奈にそれぞれ渡してくる。
「お姉ちゃんこれは?」
「家族クレジットカード申請したんだけど、姉妹はダメだって言われちゃって。だから新しく別の所でクレジットカード作っちゃった!」
「「はい!?」」
何してるのこの人……。
「二人とも、欲しいものあったら私が払うからそれで買っていいよー」
「封印しておくね」
「なぜ!?」
なぜ、と言われてもそうだろうなって。俺も玲奈に倣って財布に偲ばせておくけどなるべく使わないようにしよう。
アクセル全開で奇行を披露してくれた冬華さん。やっぱりとんでもない人だ。
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