第37話 彼女が例のお姉さん
それは、とある休日のことだった。
休みだからと布団にくるまってゴロゴロしていると、来客を告げるインターホンが鳴る。
「宅配便か……?」
「私、頼んでないよ」
「てことはまた受け取りが必要な郵便か。ちょっと確認してくる」
「ありがと~」
寝惚けてて頭が回ってなかったけど、これ玲奈に行ってもらえば二度手間を防げたのではないかと、階段を降りた辺りで気づく。
でもまぁ今さら呼ぶわけにもいかないから、鍵を開けて扉を開いた。
「はーい」
扉を開けた瞬間、風が吹いて目の前で艶やかな黒髪が揺れた。
耳に重なった髪を掻き上げ、その人が微笑む。
「初めまして。あなたが松井隼人くん?」
清涼感のある透き通った声が心に染みる。
風に揺れる艶やかな黒い髪。色白でアイドルにいそうな優しく美しい顔立ち。モデルが雑誌の表紙で着ているような衣服を着こなしている長身の女性は、イヤリングを揺らしながら俺の名前を口にした。
玲奈がいなければ虜にされていたかもしれない美麗さに、思わず息を呑む。
「そうですけど、貴女は……」
「そうねごめんなさい。私は……」
「あ、お姉ちゃん」
後ろから玲奈の声が聞こえた。
振り返ったその瞬間、目の前を風が通り過ぎる。
「玲奈ー! あなたやっぱりセンス抜群ね! 隼人くんって聞いていた以上に格好いい人じゃないの!」
「ちょっ! 隼人が見てるから!」
「姉妹なんだし気にしないって! はぁ……寝起きの玲奈もいい匂い……」
なんだろう、この美人なのにどこか漂う残念感は。
玲奈の胸に顔を埋めて荒い呼吸を繰り返しているこの人は、女性だからギリセーフかもしれないけどそれでも嫉妬心が沸き上がってくる。
でも、そうか。この人が。
「もうっ! 隼人が困惑してるから自己紹介して!」
「おっとそうだった。ごめんなさいね」
一瞬で先ほどまでの残念さを打ち消し、玲奈のお姉さんが俺の両肩に手を置く。それを見て玲奈がまた騒いでいたけど。
「私は玲奈の姉の
「あ、松井隼人です。こちらこそよろしくお願いします」
「話は聞いてるわ。玲奈が事ある毎に惚気話を聞かせてくるからどんな人なのかと思っていたけど、想像してた以上に素敵な人なのね」
「……ねぇお姉ちゃん。隼人のこと狙ってないよね? いくらお姉ちゃんでも手を出したら絶対に許さないからね」
「まさか! 玲奈の喜ぶ姿が生きがいなのに、悲しませるようなことを私がするわけないじゃない!」
おぉう。聞きしに勝るシスコンっぷりだ。
玲奈を抱きしめて頬ずりしながら頭を撫でている。玲奈は少し迷惑そうな表情になっているけど。
と、外を見てまた驚きの声が自然と漏れた。
「ベンツだ……」
車に詳しくない俺でも知ってる。高級車として有名な黒塗りのベンツが玲奈の車の隣に停まっていた。
これが冬華さんの車だろう。玲奈から聞いていた以上にお金持ちなのかこの人は……。
「気になる?」
「うわぁ!」
「あははっ! ごめんなさい」
「もうっ! お姉ちゃん距離が近い!」
玲奈の言うことには同意だ。冬華さん、やたらとスキンシップの距離が近い。
耳元で囁かれたときは心臓が飛び出るかと思った。
これ、俺には玲奈という最高の恋人がいるから何とも思わないけど、もしお仕事とかで他の男性と接するときに同じようなことしてたら、絶対に勘違いする輩が出てくるぞ。
「隼人くんも玲奈もごめんね。それでね、もしベンツが気になるならドライブに連れて行ってあげようか?」
「いいんですか?」
「もちろん。玲奈も一緒にどう? 高級車の乗り心地は素晴らしいのよ」
「嬉しい話だけど、また今度でお願い。隼人は今がいい?」
「すみません。俺も玲奈と一緒がいいのでまた今度で」
「あらあら。早速見せつけてくれちゃって」
口に手を当ててふふっと笑う冬華さん。その仕草の一つ一つが大人の女性として目を惹くようなものになっている。
と、ここで玲奈が気になっていたことを聞いた。
「そういえば、お姉ちゃん今日は何の用?」
「あ、そうだった」
ベンツの話題で流れていたけど、お姉さんは今日ここに何の用があって来たのだろう。
「タワマン解約してきたから、前々から言ってたとおり私もここに住ませてね。引っ越し業者は午後に来るから」
……。ん?
「今日からなの!?」
「ダメだった? あ、セッ(
「そういうことじゃない! 引っ越してくるなら事前に連絡ちょうだいってこと!」
まさかまさかの急展開で俺も驚いている。
えー、以前からの話通り、今日から冬華さんも同じ家で暮らすことになりそうです。
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