第30話 体調不良で看病を

 週が明けて平日の朝。

 俺は……見事に腹痛でダウンしていた。


「大丈夫……?」


 朝から大変だろうに、わざわざお腹に優しいヨーグルトやバナナなんかで朝ごはんを作って部屋に持って来てくれる玲奈がありがたく思える。

 昔からちょくちょく腹痛は起こしていたけど、こんな風に看病されることなんてほとんどなかったから優しさが沁みて涙が出てきた。

 痛むお腹を押さえながら上体を起こし、呼吸を整えてスプーンに手を伸ばしてヨーグルトを口に運ぶ。


「今日、学校行けそう?」

「厳しいな。家でゆっくり休んでおくよ」


 腹痛にも程度があって、弱いときだと無視して学校に行くんだけど今日のこいつはそうもいきそうになかった。

 すぐに治まるかもしれないけど、念のために今日は横になって安静にしておこうと思う。


「そっか」

「うん。ほら、そろそろ道路が混む時間だからさ。早く行かないと遅刻するよ。玲奈、今日一限からじゃなかったっけ?」

「何言ってるの? 隼人が大変なときに学校なんて行かないよ。つきっきりで看病してあげる」

「玲奈こそ何言ってるの?」


 俺のためにそこまでしてくれるのはとても嬉しいことなんだけど、さすがに申し訳なさが圧倒的に過ぎる。

 一人でも大丈夫、ということを伝えてみるけど、玲奈は折れてくれなかった。


「弱ってるときに一人でいるのは辛いの。隼人にそんな思いはしてほしくない」

「分かるけど……」

「分かるならおとなしく看病されてなさい。私のことは気にしなくて大丈夫だから」


 強く言われてはもうどうしようもない。

 結局、俺が折れていろいろとお世話してもらうことになった。

 病院で検査してもらったこともあるけど、病気やウィルス性の類いではないらしく、対策法はよく分からない。

 とりあえずお腹周りを温めてゆっくりしておくに限る。

 ただ、こういうのって毎度毎度思うんだが……。


「眠れないんだよな」

「そうなんだ」

「ああ。腹は痛いし大体が朝起きたばっかりだから眠気もないしって感じでな」

「分かるかも。私も生理の時大変だから」

「やっぱりそんなもんか」


 寝てれば治るってのはその寝るまでのプロセスを把握してから言ってほしいものだ。

 鈍く響く痛みに悩まされながら、ゴロゴロと寝返りを打って体に楽な態勢を探る。


「中々ベストな体勢が当たらないなぁ」

「はい隼人。こっちこっち」


 ベッドが軋み、正座をした玲奈がポンポンと膝を叩いている。

 これは、全男子が憧れる膝枕シチュエーションじゃないか。いいのだろうか。

 でも玲奈から誘ってくれてるんだし、ありがたく頭を膝の上に置いて体を休める。

 見上げるとご立派なものと玲奈の綺麗な顔が見え、ちょうどいい高さに首が持ち上げられて気分が楽になる。


「極楽気分じゃ……」

「それはようござんして」


 変なノリにすぐに合わせてくれたことが面白くて、二人でふふっと笑い合う。

 ゆっくり目を閉じると、気持ちも安らいで失いかけていた眠気が少しずつ戻ってくるのが実感できた。

 お腹の上で手を重ね、力を抜いて身を任せると額にひんやりとした手の感触が被せられる。

 赤児をあやすみたいな心地よい動きで頭を撫でられ、続いてちょうど痛む箇所をゆっくり優しく撫でてくれる。


「はい、痛いの痛いのとんでけ~」

「俺は一体何歳なんだよ」

「つい、ね。でもこれでよくなるといいね」


 いつか絶対に仕返ししてやる。具体的に言うと玲奈が生理で苦しいときに近くにいて苦しくないようにやれること全部やってやる。

 目を瞬かせて景色がぼやーっとしてくる。

 取り戻した眠気が結構限界なくらい効いてきて、このまましばらく眠って回復させるとしよう。

 間近で玲奈の吐息を感じながら、微睡みの中へと沈んでいく。


◆◆◆◆◆


 目が覚め、ゆっくりと上体を起こす。

 時刻はお昼を周り、午後二時といういい感じの時間帯だった。

 まだ少し痛みは残るけど、お腹の調子も朝と比べてずいぶんとマシになっている。普段なら夜まで続くところだが、これも玲奈に看病してもらったおかげだろうか。

 お礼を伝えようとして、そして布団の上で体を丸めて眠っている玲奈の姿を見つける。

 すぅすぅと可愛らしい寝息を立て、頬に手を添えると無意識なのかすり寄ってくる。


「布団、かけてやるか」


 起こさないように注意しつつ、玲奈を布団から転がしてシーツに移動させると、布団を被せてやって俺はベッドから降りる。

 このくらいならもう動ける。いつ寝たのか分からないけど、時間的にそろそろ起きるのかもしれない。

 お昼ご飯としてパンケーキの一つでも準備しておくとしようか。


「ありがとな玲奈」


 眠っている玲奈の耳元で囁く。

 気のせいか、口元が緩んでいっそう優しい顔つきになったような気がした。

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