第24話 寝坊でサボろう

 ご近所さんの掃除機の音で目が覚め、ベッドの上で上体を起こす。

 ったく、今何時だと思っているのやら。朝の七時から結構な音を出して掃除機をかけるのは控えてほしいものだ。

 隣では、半裸姿の玲奈が顔をしかめさせて寝返りを打っていた。そりゃ、朝中々起きない俺が目覚めるくらいの音なんだから、玲奈にとっても気分が悪いよな。

 困ったご近所さんにため息を吐きながらスマホを手に取り――、


「おっふ」


 誰だよ朝の七時とかいってた奴は。もう九時半じゃねぇか。

 ご近所さんはきわめて常識的な時間に掃除機をかけていました。勝手に決めつけて心の中で悪態をついたことを謝らないと。

 てか、それよりも、だ。


「俺、今日一限あるんだが」


 既に三十分の遅刻だ。これから向かうにしても一時間近くの遅刻になり、多分欠席扱いになる。

 玲奈は一限ないのだろうか。

 不安になったから玲奈の肩を揺さぶって起きてもらう。


「玲奈。ちょっと起きて起きて」

「んみゅぅ……隼人ぉ……? おはよぉ……」


 寝惚け眼で可愛らしい声を出し、首に巻き付くように抱きついてくる。

 その所作にキュンときて頭を撫でるが、すぐに今の状況を思い出してスマホの時刻を見せてやる。


「時間時間! 玲奈今日一限は!?」

「……データサイエンスの授業がある」


 インパクトが強かったらしい。

 やってしまった、といった様子で苦笑いした玲奈が完全に目を覚ましていた。

 はい、二人揃って一限遅刻ですわ。


「はぁ。ねぇ隼人」

「ん?」

「今日さ。もう二人でサボって家でぐーたらしない?」


 玲奈から甘美な悪魔的誘惑の提案がなされる。

 玲奈がそういったことを口にするなんて正直意外だった。もっとこう、遅れてでも行くみたいなイメージがあったから。

 しかし、サボりか。そうだなぁ。

 一限の次は三限だし、わざわざそれに合わせて行くというのも面倒だと思う自分がいる。起きたばかりは毎日同じ事考えているけど。

 それに、昨日のボウリングで腕を酷使しすぎたせいか、まだちょっと筋肉痛のようなものが残っていた。

 出席回数は全然まだまだ始まったばかりで余裕だし、たまにはサボるっていうのもありだよな。


「よっしサボろう。明日から本気出す」

「私も~」


 二人で体を寄せ合って布団を被った。

 サボると決めたらやることは一つ。二度寝だ二度寝!

 お昼前か、適当な時間まであったか~いおふとぅんで惰眠を貪るこの瞬間が最高に気持ちがいいんだ。

 頭から布団に潜ったから、俺と玲奈の二人分の匂いが混ざり合った濃密な空気が全身を包み込む。

 眠気か、恋人の香りに包まれている安心感かは分からないけど、すぐに瞼が落ちてうとうとし始めた。

 けど、眠りに落ちる前に玲奈が腰に腕を回してさらに体を密着させてきたから、睡眠に入る前に目を薄ら開けてさらさらの髪を撫でさせてもらう。


「にへへへー」

「だらしない顔してる」

「隼人にだけだよ。こんな顔見せるの」

「特別感あって嬉しいよ」


 玲奈の髪を触れるのもほとんど俺だけの特権みたいなものだろう。これはいい。

 もっと玲奈が距離を詰めて、柔らかな胸の感触が服越しに伝わり、頬が触れ合うような形で頭が乗せられた。

 耳に玲奈の優しい吐息が吹きかけられる。


「あとで起こしてね」


 間近で囁かれ、すぐに静かな寝息が聞こえてきた。

 俺も再び玲奈の頭を撫でて、玲奈が苦しさを感じないように体の向きを整えて眠りに入る。

 視界が暗くなって二人分の寝息が重なったように思った瞬間に音も聞こえなくなった。


――ピンポーン


 チャイムの音が鳴って、すぐに起こされることにはなったが。

 朝から来客とは、一体誰だろうか。郵便とかなら郵便受けに入れていくはずだから違うと思う。

 特に心当たりはない。でも居留守を使うわけにはいかないから、仕方なくベッドを抜け出して部屋から出ていく。

 途中でもう一度チャイムが鳴って、その時に時計を見るといつの間にか時刻はもうすぐ十二時が来ようとしていた。


「岩崎玲奈さーん! 郵便局でーす!」


 玄関先から玲奈を指定で呼ぶ声が聞こえた。

 ならば俺が出ていいものかと迷うけど、今出なければ不在票を入れられてまた面倒くさいことになってしまうと思うから、とりあえず出て玲奈を呼ぼう。

 そう考えて扉を開けると、郵便局の配達員さんと目が合った。


「岩崎玲奈さんですか?」

「いや、違います。本人もうすぐ来ると思うので少し待ってもらえると……」


 配達員さんに頭を下げて、もう一度玲奈を呼ぶ。

 と、すぐに玲奈が適当な服を着て目を擦りながら階段を降りてきた。


「はいすみませんお待たせしました……」

「こちら、現金書留が届いています。受け取りのサインをお願いします」


 あぁそりゃ俺が受け取れないやつだ。

 玲奈がさらっとサインを書いて渡すと、配達員さんが頭を下げて帰っていく。

 バイクに乗る辺りまで見送って扉を閉めた。


「お姉ちゃんからだ。二人の生活費を送ります、だってさ」

「お姉さんに何もかもお世話になりっぱなしなんだけど」

「お姉ちゃんが引っ越してきたら何か返してあげようよ。さて……わぁお五十万円満額入ってる」


 やっぱお金持ちだな玲奈のお姉さんは。


「あ、メール来た。口座にも五十万円振り込まれてるみたい」

「合計百万円……金銭感覚バグりそう」

「確かに。でも、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。近いうちに私と結婚するんだし、そしたらまた嫌でもお姉ちゃんが甘やかしてくるって」

「それを受け入れたら完全なダメ人間になる気がするんだが」


 人間誰しも働かなくてもいい生活に憧れは抱くと思うけど、実際にそうなるとなんかこう、いろいろと終わりな気がするんだよね。


「さーて。起きちゃったし、お昼にしようか。隼人何食べたい?」

「米な気分かな」

「分かった。じゃあ冷蔵庫の中の卵とかウィンナーとか適当に焼くね」


 お昼の時間になったから、朝ごはん兼お昼ご飯の準備が始まる。

 玲奈がおかずを用意してくれている間に、お茶とお米を用意して一足先に着替えさせてもらおう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る