第18話 会いたくない奴

 なんでここでこいつに会わなくてはならないのか。

 せっかく楽しい気分だったのに、水を差されたような感じがしてすごく不快だった。

 ただ、琢己にはあの日のような態度というか余裕がない。

 その理由も大まかには見当が付くけど。


「あれ、お知り合い?」


 琢己の隣で、多分同学年で琢己の本命彼女であろう女子が首を傾げている。

 杏奈の他にも何人かに手を出しているところを見たことがあるし、あいつの部屋にあるSDカードには多くの女性との行為中の動画があることを、大学受験のシーズンにわざわざ部屋に入ってきて見せつけてきたから俺は知っている。

 その中にあの子のものはなかったから勝手に本命なんだろうと判断したんだけど、でもそれではあの子があまりに可哀想だ。

 俺の予想が当たっていると自分から証明しているようで、琢己は目に見えて慌てていた。


「まぁ、昔のちょっとした、な」

「そうなんだね!」


 こいつ、絶対に自分は一人っ子だとか嘘をついているな。

 琢己の本性に多分気づいていないその子は、律儀にも頭を下げて挨拶をしてくれる。


「初めまして。琢己君がお世話になったそうで、ありがとうございます! 私は彼女の実原と申します」


 ……なんでこの子は琢己のことを好きになったんだろうか。

 実原さんの前では徹底して猫を被っているんだろうな。マジのクズだよ。

 こんな良い子が琢己と一緒にいたら傷つくのは目に見えている。

 それに、俺だって琢己を許したわけじゃない。心の内側に黒い感情は残っている。

 実原さんには悪いが、ここで全部悪行を明かして関係を破壊してやろうかと思って――、


「ねぇ隼人。この人が?」


 やっぱり玲奈には筒抜けだった。

 何も言ってないのに、俺の様子がおかしいことからすぐに琢己が俺の弟だって理解したんだろうな。

 杏奈の時と同じくらいに底冷えする怒気が声に含まれている。


「潰していいよね?」

「……ほどほどにな」


 玲奈が潰すとか言う辺り結構マジでキレてるのよ。俺が何かするまでもなくやってくれそうだった。

 鋭い目つきから一変、にこやかな笑顔で玲奈が実原さんに手を差し出す。


「こちらこそ初めまして。私、琢己君のの隼人くんとお付き合いしている岩崎玲奈です。実原ちゃんだよね。隼人からよーく話を聞いているから、将来二人が結婚するとしたらぜーったいに仲良くできないけどよろしくね」

「え? あの、私、実原侑李です……それに、琢己君にお兄さんはいないんじゃ……?」

「侑李もう行こう! 人違いだったかも!」

「あれ~? 隼人の彼女だった杏奈ちゃんは琢己君が奪って妊娠させたはずなんだけど。侑李ちゃんって名前なんだ。間違っちゃったみたいだし、酷いこと言ってごめんなさいね」


 怖い怖い怖い怖い!

 言葉の圧が凄まじいし、杏奈がまぁたしかに妊娠していてもおかしくはないけど不確定情報を事実であるかのように誇張するんじゃない!

 ほら見ろ雄馬も美咲さんも若干引いてるぞ。


「いえ、気にしてないので。……それより」


 失礼なことを言ったのにそれでも許してくれた実原さんは、怒ったような顔で琢己を見ている。


「どういうこと? 私、お兄さんがいるって聞いてないし、お兄さんの彼女さんを妊娠させたとか人としてあり得ないんだけど」

「ちがっ! たしか杏奈とは三週間とかそこらしか経ってないのに妊娠したとか嘘に決まってるだろ!」

「そういうことしたのは認めるんだ。それに、その言い方他にも相手がいそうだよね」

「あ! いや、ちょ!」


 自分で墓穴掘って自滅したぞこいつ。バーカ!

 多少はスッキリしたし、もうここまできたら絨毯爆撃いきますか。


「そいつ、分かるだけでも十人以上に手を出してますよ。こういうこと言うのもどうかと思うけど、実原さんも大事にされてるかどうか……」

「黙れよおい! なぁ侑李! 本命はお前だけだって……」


 破裂音のような乾いた音が響いた。

 琢己が尻餅をつき、実原さんが涙を浮かべて手を振り抜いている。


「最っ低! お兄さんの彼女さんを妊娠させただけじゃなくて他の人にもそんな……!」

「だから、それは遊びで本命は……」

「信じられるわけないでしょ! このクズ! 二度と私に話しかけてこないで!」


 実原さんは汚物を見る目で琢己を見下ろすと、今度は両手を揃えて俺たちに土下座までしてきたから慌てて頭を上げさせる。


「実原さんがそこまでする必要ないから!」

「あなたも被害者でしょ!?」

「でも、でも……!」


 ついには耐えられずに泣き出してしまった。

 やりすぎてしまったかと心が痛む。でも、この先この子が苦しむよりかはまだ……と、思うけど正解は分からない。

 騒ぎを聞きつけたのか、スタッフの人たちが小走りに駆け寄ってくる。

 マズいとでも思ったのか、琢己は慌てて立ち上がるとさっさと逃げようとしていた。


「覚えてろよてめぇ……!」

「何がだよ。お前こそ自分の心配してろよ」


 琢己が逃げていき、入れ違いにスタッフの人たちが到着した。

 謝罪しながら事情を説明すると、軽く注意されてしまったけど実原さんが落ち着けるようにバックヤードに連れていって親御さんを呼んでくれるという。

 スタッフの人にも実原さんにも本当に申し訳ないことをしてしまった。

 女性スタッフさんと実原さんからはお礼の言葉をもらったけど、でもやっぱり他にやりようはあったんじゃないかとも思う。

 ただ、ごめんなさい。少しスッキリしたのも事実です。

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