第15話 食堂でも仲睦まじく

 思わぬ事になったけど、どうにか平穏は取り戻せた。

 ようやくお昼ご飯の時間が――、


「で、あなたは? 隼人とどういう関係?」


 おっと。玲奈さんの声から怒気が消えてませんよ。

 鋭い視線が貫くように雨宮を見ていた。

 当の雨宮は、その視線に気づいてか坂田の腕に自分の腕を絡ませて肩に頭を乗せている。


「雨宮でーす。玲奈ちゃんが心配しなくても、私はりっくんと付き合ってるから、隼人とは気楽な友達でーす」

「あ、そうだったの。睨んじゃってごめんなさい……」


 俺と雨宮がいい感じだと誤解して、嫉妬していたということだろうか。え、可愛い。

 俺はもう玲奈一筋だから、よそ見することなんてないしそこは安心してほしいかな。


「おーい! いきなり走り出したけどどうしたー?」


 離れた所から、あの日御堂で見た女子集団が近付いてくるのが見えた。きっと、玲奈の友達たちだろうと思う。

 その先頭、先日ペンギに向かう途中ですれ違った女子を見て、雄馬が手を挙げる。


「あ、美咲」

「あれ、ゆーくんだ。もしかして玲奈の彼氏くんと友達なの?」

「そうそう。面白い偶然だな!」


 あれ、面識があるのか? というかその呼び方といい距離感といいもしや二人って。


「そういえば自己紹介してなかったね。玲奈の友達で、ゆーくんの彼女の笹嶋美咲ささじまみさきでーす。美咲ちゃんでもみっちゃんでも好きに呼んでくれていいからね~」

「あ、松井隼人です。俺のことは隼人とでも」

「……名前呼びは私だけの特権がいい」


 美咲さんと自己紹介をしていると、ふくれっ面の玲奈が腕に自分の腕を絡ませてきた。

 行動も発言も可愛いの権化になっている玲奈に、ここが食堂だということを忘れて頭を撫で回したくなってしまう。


「あははっ! じゃあ、まっちゃんって呼ぼうかな~」

「じゃあ、私もこれからはやっちじゃなくてまっつんって呼ぶよ」


 玲奈のわがままに雨宮も美咲さんも合わせてくれる。

 二人に感謝しつつ、俺はランチが載ったトレーを持った。


「じゃあ玲奈。また後で」

「え……あぁ、うん」


 ちょっぴり寂しそうな表情を見せてきて、それが少し気になって――、


「はいバカまっつん。しのしのには私とりっくんから話しておくから、あんたは玲奈ちゃんとイチャイチャして既成事実でも広めておきなさい」

「そうそう。岩崎さんと既に恋人だって周囲に知らしめておけば、元カノもお前を狙っている女子も手は出してこないだろ」

「え、俺を狙ってる女子とかいるの?」

「お前、杏奈ちゃんがいたから諦めていただけで実は密かに狙っている女子は多かったぞ」

「まぁ、玲奈がいたら勝ち目はないから諦めると思うし、私もそれがオススメだなー」


 なるほど。そういう効果もあると。

 ふと玲奈を見ると、今にも行きたそうに服の袖をちょいちょいと引っ張っていた。


「うしっ。じゃあ、そういうことだから俺は行くよ」

「頑張れ~。私たちはしのしのの前でいちゃつく嫌がらせしてくるわ~」

「それはやめてやれよ」


 陰湿極まりない虐めだぞそれ。篠原をもう少し労ってやってくれ。

 雨宮と坂田が篠原が座っている席まで行って、俺と玲奈も歩き出す。


「じゃあ、俺たちも席を探すか」

「うんっ! そうだね!」


 二人して周囲を見渡すと、ちょうど四人席が一つ空いているのが見えた。

 そこに向かって歩き出すと、後ろから美咲さんと雄馬も付いてくる。


「俺たちもお邪魔していい?」

「玲奈にお願いがあるんだよね。その話もしたいからお願い!」


 特に断る理由もないし、俺も玲奈も快諾する。

 で、四人で席に座って、ようやくお昼にありつくことができた。

 もうちょっとだけ冷めちゃってるけど、ハンバーグの美味そうな匂いが鼻孔をくすぐる。


「そういえば玲奈はお昼どうしたんだ?」

「私は朝に作ったの。隼人も一緒にって思っていたから、作り過ぎちゃったかもだけど」


 そう言って、玲奈は風呂敷に包んだ箱を取り出すと、蓋を開けた。

 中からは甘い香りを漂わせるフレンチトーストが姿を見せる。


「……お昼買わなきゃ良かった」

「まぁまぁ! 私が言わなかったのが悪いんだし、いつだって作ってあげるから」


 でも、玲奈のフレンチトースト食べたかった。見ただけで美味しいって分かるもん。

 残念に思いながら、ハンバーグを一切れ口に運ぶ。

 美味しいけど……負けた気分は拭えない。

 周囲から視線を感じる。やっぱり、玲奈と一緒にいる俺は注目の的らしい。


「見られてるね~」

「そりゃ、岩崎さんは誰もが憧れる存在だから。言葉は悪いけどこの上ない虫除けになるだろうね」

「これで隼人に近付く女子がいなくなるなら、私も安心できるよ!」

「隼人も安心だろ? 愛しの彼女に告白する阿呆の数はこれで激減するはずだから」

「それはたしかに。玲奈は俺にはもったいないくらいの素敵な人だから」

「それを言うなら隼人もだよ! 私にとってこれ以上ないくらい素敵な彼氏だもん!」

「「ほーら始まった」」


 雄馬と美咲さんに微妙に呆れられた気がする。

 でも、本心なんだからいいじゃないか。玲奈以上の人なんてこの先現われないと思うんだから。

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