第14話 今カノVS元カノ

 玲奈の登場に、もう雨宮たちは何が何やら分からないといった様子だった。

 杏奈もそれは同じような感じだったが、玲奈が言った彼氏、というワードに引っかかったのか、涙を浮かべた目で睨むように玲奈を見ている。


「なんですかあなた……! 隼人先輩を勝手に彼氏って!」

「先輩? あぁ、あんたが。あんたが隼人を苦しめた最低の元カノね。ますます許せなくなった」


 腕を組み、視線を鋭くしている玲奈は相当に怒っているようだった。


「事情は全部隼人から……じゃ、ないけど聞いてるから。隼人を苦しめたこと、絶対に許さないからね」


 底冷えするような声。

 杏奈はそれに気圧されるけど、すぐに睨み返している。


「私と先輩の何を知っているっていうんですか……ッ!」

「あんたが浮気して隼人を捨てたこととかね。残念だけど、今はもう隼人は私のもので、私と一緒に暮らして幸せになっているところだから。邪魔しないでくれる?」


 俺からしたら事実なんだけど、雨宮たちからすると爆弾発言だったらしい。

 近くの机にランチを置かせてもらってからすぐに俺に詰め寄ってくる。


「お前! 岩崎さんと同棲してるのか!?」

「え、ほんと何がどうなったらそんな奇跡が起きるんだよ!」

「やるじゃんはやっち。どんな卑怯な手を使ったの~?」

「ひどい言い草!」


 俺が玲奈をたらし込んだみたいな言い方は誤解を生むのでやめましょう。一部事実を含む虚偽が一番刺さります。

 と、いうか。


「皆、玲奈のこと知ってるんだな。有名?」

「そりゃそうだろ! てか、噂の相手ってお前の事かよ!」

「経済情報学部トップクラスの美女。ミスコンに出れば優勝確実。清楚完璧優等生。意中の王子様との再会を夢見る本物のお姫様」

「なにそれ」

「全部玲奈ちゃんの二つ名? みたいなもの。そういやはやっちは杏奈ちゃんに女性関係の情報をブロックされてたわね」


 それはたしかに。

 でも、そこまでしておいて浮気はやっぱり許せない。

 と、こっちでの会話に集中していたら、向こうもヒートアップしてきたみたいだ。


「どうせ、無様に捨てられて惨めったらしく泣きついてきたんでしょ? 隼人は絶対に渡さないから、そこらの男に媚び売って股でも開いてれば? 好きなんでしょ?」


 ごめん、清楚とは思えない発言が飛び出しましたが?

 俺は気にならないけど、これはあれか。美人フィルターで今まで見えていなかっただけか。

 それとも、俺のために本気でそこまで怒ってくれているのか。

 後者なら……嬉しいかも。


「もういいです! あなたと話すことなんか何もない! 先輩と話をさせてください!」

「……じゃあ、すれば? 現実を見てとっとと消えてくれればいいから」


 玲奈さんマジギレじゃないっすか。俺も今後怒らせないようにしないと。

 玲奈を睨みながら、杏奈が俺にまた縋り付いてくる。


「お願いです先輩! もう一度チャンスをください!」

「だから、無理だって言ってるだろ」

「もう嫌なんです! あの人、私が嫌だって言ってもゴム着けてくれないし、動画まで撮られて……!」

「あいつはそんなクズだって俺は二回くらい話したぞ。聞いてなかったんだな」


 だから、杏奈に何度か家のことを聞かれたときはそう伝えてはぐらかしていたのに。

 ただ、そこまでやってるのはさすがに想定外かも。もう杏奈もあいつらもどうなろうが知ったことじゃないけど、どうにかして地獄を見せてやるか。


「そもそもさぁ、なんで浮気なんかしたの?」


 ここで雨宮が口を挟んできた。

 普通なら部外者として関わらないようにするべきかもしれないが、正直ここで聞きにくい質問をしてくれるのはありがたい。


「……顔が」

「はぁ?」


 俺でも雨宮でもなく玲奈が嫌悪感のある声を出す。


「先輩よりも顔がよくて、つい気の迷いで……。でも、本当に心から愛しているのは先輩だけですから!」

「それ、本気で言ってる?」

「ごめん、ないわ。可哀想だから擁護できるかなと思ったけど、それは無理」


 玲奈の声に含まれる怒気が強くなって、雨宮も引き気味に口にした。

 俺はあまり詳しいことは分からないけど、こういうのって同じ女性側からキツく言われると精神に来るのではないだろうか。高校生の時にそんな修羅場を見た気がする。

 我慢の限界か、玲奈が突き飛ばすようにして俺から杏奈を離した。


「どうしようもないクズよねあんた。隼人を裏切って別の男に汚された体で馴れ馴れしく隼人に触れないで。全部自業自得なんだし、さっさと諦めなさいよ」

「で、でも……っ」

「消えて。次に隼人を困らせるようなことをしたら、本気で殺すから」


 冷静に、だけど圧のある脅しには思わず背筋が凍える。

 杏奈は立ち上がり、目にいっぱいの涙を浮かべて横を通り過ぎていく。


「諦めない……っ。あんたなんかに奪わせない……っ」


 去り際に聞こえたのは、玲奈への恨み節か何かか。

 でも、杏奈は走り去っていったから、これでようやく平和な時間を取り戻すことができたかな。

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