第3話 同棲生活を始めるにあたり

 玲奈から隣の部屋を自由に使う許可をもらって、お言葉に甘え早速荷物を運び込もうと階段を降りていく。

 しかし、大きな家だなというのが正直な感想だ。大学生でこれだけの家を持っているの、ちょっと羨ましい。しかも実家というわけでもなくて賃貸じゃないような口ぶりだったし。

 そんなことを考えながら一階のリビングに着き、キャリーバッグを確保して階段を上がろうとする。

 その時、机の横に置かれていた鞄が気になって目を向けた。


「あれ、このキャラクター……」

「これ? うちの大学のマスコットキャラで……」

「マナブくんだろ? 学内のコンビニの一角をグッズで占領してる」


 そう返すと、玲奈は目をぱちくりとさせていた。


「もしかして、さ。隼人って……」

「もしかしなくともだけど、俺たち同じ大学か?」


 顔を見合わせて首を傾げ、それからすぐにお互いの学生証を見せ合った。

 なるほど確かにそこには同じ大学の校章が描かれている。

 まさかの同じ大学に通っていて、今まで一度も会わなかったことに驚きなんだけどよくよく考えたら俺の学部と玲奈の学部は授業でもあまり関わりがないし全学共通の科目も広い講義室の科目ばかりを受けていたから、もし同じ科目を受けていても気づかないのは納得だった。食堂やコンビニ、生協なんかもめちゃくちゃ混むし。

 なんだか可笑しくなってきて、ついつい笑ってしまう。


「じゃあ、これからは学校でも一緒になれそうだね」

「だな。時間割によっては登校も一緒ってのは難しそうだけど」


 午後だけ授業の日もあるから、午前は寝ていたい俺はその日は朝から一緒にというのはいけません。

 思わぬ事実が発覚して、面白く思いながらキャリーバッグを使わせてもらう部屋に入れる。

 簡単に荷ほどきをして、玲奈に別の部屋から使ってない家具とか諸々を持ってきてもらう。足りない分は後で買おうか。


「また後で家具屋さんに行かないとだね。ベッドとかいろいろ必要なものも多いだろうし」

「たしかに。それに、周辺の地理とかも把握しておきたいから外出は必須だな」

「その時は私に任せて。案内してあげる。ここ、結構いい場所だって自信があるよ」

「へぇ」

「なんと、徒歩圏内にペンギがあるのです!」

「すげぇ!」


 安くていろんな物が売ってるペンギン・ホーテ、通称ペンギが近場とか立地としては素晴らしい。

 他にはどんなものがあるのだろうかとちょっと楽しみに思っていると、玲奈が困ったように頬を掻きながら座った。

 なんとなく俺も座った方がいいような気がして、同じようにキャリーバッグを挟んで座る。


「あのね隼人。その……言いにくいんだけど、先に生活費とかの話をしてもいいかな?」


 そう聞かれて、すぐに頷いた。

 二人で暮らすのなら、生活費とかお金の話は絶対に必要になる。ここで価値観が合わなければ長続きしないのだから。

 というか、俺が多く出さないとなんだか申し訳ない。恋人になったとはいえ、俺は玲奈の家に善意で置いてもらっているだけなのだから。

 ポチポチと、多分メモアプリを使って文字の入力をしているであろう玲奈は、指の動きを止めると申し訳なさそうな表情をしながら画面を見せてくる。


「ごめんね? 生活費なんだけど……こんな感じでいいかな?」


 見せられた画面に、俺は笑顔で返事する。


「うん、ダメ」

「や、やっぱりダメか……でもこれ以上は私もちょっと……」

「多分玲奈は俺の逆方向に突っ走りそうだから、先に言っておくな」


 すぅ、と息を吸うと、さっき見せられたあり得ない画面に対してのツッコミの数々が口から飛びだしてきた。


「食費光熱費税金その他諸々って絶対におかしいからな!?」

「うぅ……でも私の稼ぎとかじゃ全額負担は少し難しくて……」

「それが逆だって言ってるの! 最低でも半々とか、俺が六割七割負担とかそういうのにしてくれよ頼むから!」


 俺、完全なヒモになってしまいそう。

 玲奈はずっと俺のことを養うだの無理やり連れてきたからお金の大半は自分が出すのが普通だの言っていたけど、頑張って折れてもらってどうにか生活費については玲奈が六割負担の俺が四割負担で妥協してもらった。正直に言うと半々か、この逆が良かったんだけど。俺の罪悪感がどこで限界を迎えるのかはまだ分からない。

 せめて、大きな買い物とかデートとか俺が出せる場面では俺が出して埋め合わせをするとしようか。

 で、お金の話が終われば今度は家事とかルールの話し合いになるんだけど……、


「だーかーら!」

「え、私またおかしなこと言っちゃったかな?」

「おかしいって! どうしてここでも玲奈が九割以上負担したり、俺優先のルールになろうとしたりしてるの!?」


 放っておけば、俺が彼女にお金を出させて家事もさせて挙句に絶対服従を命じるようなとんでもなくヤバい奴にされてしまう。

 ここでもどうにか話し合いで折れてもらって、最終的にお互いが平等なルールで家事は俺が休みの日には俺がやって、それ以外の日は玲奈がやるという所で落ち着いた。

 ただ、俺が休みの日というのがバイトも学校も休みの日であって、バイトを頑張っている俺からすると数えるくらいあるかなと思うのが正直なところ。結局は九割負担からそんなに変わってなくて上手く玲奈にしてやられた感もする。

 昔に外国と不平等条約を結ばされた政府はこんな気持ちだったのだろうか?

 俺の立場は政府と逆なんだけど、そんなことを考えずにはいられなかった。

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