第2話 両片想いの告白

 気づけば、なんだか甘い匂いがする布に包まれていた。

 枕元にあったスマホを確認したら、朝の九時という時間が表示されて、その後すぐに電池切れの表示が出て画面が暗転する。

 体を起こすと、頭に鈍い痛みが走った。目の奥がチカチカする。

 あまりの痛みに目頭を押さえて悶絶していると、水の入ったコップが差し出された。


「おはよう。水飲んだら落ち着くんじゃないかな?」

「ん、ありがと」


 お礼を言ってコップを受け取り、水を一気に飲み干す。

 痛みがスッと引いていき、ボーッとしていた頭もクリアになっていって……。


「なんでここに玲奈がいるんだ?」


 そんな、少し考えたら真っ先に疑問に思うようなことがようやく口から飛びだした。


「だってここ、私の家だよ」


 返答もずいぶん当たり前の内容だけど、状況的には全然当たり前じゃないから戸惑う。

 と、ここまで思ってようやく昨日の出来事を思い出した。

 たしか、玲奈に一緒に住まないかと提案された後、調子に乗ってますます焼き鳥とアルコールを頼んで本当にどうにでもなれ状態で暴飲暴食をして記憶が吹っ飛んで……今に至る。

 うん、なるほどなるほど。


「お持ち帰りされちゃったか」

「お持ち帰りしちゃった」


 てへっと舌を小さく出しておどける玲奈の姿は可愛い。

 って、しまった!


「やっべお金払ってねぇ……いくらツケてもらったか玲奈聞いてる?」

「安心して。私が隼人の分も一緒に払っておいたから」


 それはますます申し訳ない。

 慌ててお金を返そうと思って財布を入れた鞄を括りつけたキャリーバッグを探して……あれ、どこだ?


「もしかしてキャリーバッグ探してる? それなら一階のリビングに運んであるよ」

「ほんと何から何までごめん! お金払ったらすぐ出ていくから!」

「え、ちょっと待ってくれない!?」


 ベッドから跳ね起きた俺を玲奈が慌てて押しとどめる。


「あのさ、昨日のこと覚えてる?」

「昨日の……一緒に住まないかってやつ?」

「うん。あれ、私、本気だよ。隼人さえよければここで一緒に住もうよ」


 冗談かと思ったけど、玲奈の目は本気だった。

 中学の時、生徒会長として学校のためにいろんな意見を真剣に受け止めて発信していた時と同じ瞳。玲奈の言葉に嘘はなかった。

 家がない俺にとっては渡りに船。すごくありがたい話だ。

 けれど、どうしてそこまでしてくれるのかは正直分からない。


「なんでそこまでしてくれるんだ? 高校から連絡も取ってなかったし」

「……もちろん、下心もあるよ」


 そう言うと、玲奈は近くのタンスから丁寧に装飾されたクリアファイルを取りだした。

 てか、やっぱりここは玲奈の部屋だったんだな。

 なんて思っている間に、クリアファイルから少し古ぼけた一枚の紙が出てくる。


「これ覚えてる? 幼稚園の時に二人で書いたものなんだけど」

「……幼稚、園?」

「ふふっ、やっぱり覚えてなかったんだね」


 知っていたとばかりに面白そうに、けれどどこかちょっぴり寂しそうな顔を見せる。

 いや、本当にごめんなさい。俺の記憶の中では玲奈との出会いは小学校二年生なんです。

 まあ、それは一旦置いといて玲奈が持つ紙をよーく眺めてみる。

 そこには確かに俺と玲奈の名前がたどたどしい文字で書かれていて、その上にはハッキリと『婚姻届』と印刷されていた。


「ナニコレ」

「幼稚園の時に先生が泣きながら捨てたファイルの中に入っていたのを拾ったの。それで、私たち一緒にこれを書いたんだよ」


 そうだったのか。というか、幼稚園の先生の身に何があったんだろうか。

 気になることはあるけど、でも今は玲奈の話に耳を傾ける。


「嬉しかったんだ。私、隼人が将来お嫁さんにしてくれるって約束してくれたこと。小学校で話したときにもう約束なんて忘れちゃったんだろうなって感じたけど、私はどうしても忘れられなかった」


 頬を赤らめて話す姿は、完全に恋する乙女そのものだ。


「高校で別になって大学も別になって、もう会えないと思ってこれも捨てようとした。でも捨てられなくて……そんな時に隼人と再会して、もうこれは運命だって思ったの」

「そ、そっか」

「うん。だからね、一緒に住みたい理由は……私が隼人のこと大好きだから。結婚したいから。こんな理由じゃダメかな?」


 真っ直ぐに見つめられて、それに真剣に答えなければ失礼だろう。

 覚悟を決めて、深呼吸をする。


「ごめん、結婚はまだできない」

「……そっか」


 しゅんと落ち込む玲奈を見て、続きの言葉を早く言わなければと慌てる。


「でも、実は俺も約束は忘れてたけど小学校六年の時に玲奈が初恋だったんだよ」

「え?」

「だからさ、結婚はまだできないんだけど、恋人から……同棲から始めさせてもらうのはダメだろうか」


 うん、絶対に順番がおかしいぞ。普通のカップルが経る過程がめちゃくちゃだ。

 同棲から始めるカップルなんて超超超レアケースだと思うんだけど、返答はいかに。

 しばらく様子を見ていると、玲奈の目から涙が流れ出す。


「あ、えと、嫌だった?」

「ううん、違う。嬉しい……本当に嬉しいの……! ずっと隼人と一緒に過ごすことが夢だったから……!」


 涙を見せながら玲奈が勢いよく抱きついてくる。


「これからよろしくねっ! まずは恋人からだけどいつか結婚しよう!」

「うん。こっちこそよろしく」


 こうして。

 両片想いだったことが発覚した俺たちは、晴れて恋人となって同棲することになりました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る