第1話 運命的な再会

「――てなことがあったんだよぉ」

「お、おぅそうか。つーか、お前よく考えたらまだ二十歳きてねぇじゃねぇか!」

「細かいことは気にすんな~。飲まなきゃやってられっか~!」

「俺がこの前二十歳になったからうっかりしてたわ。お前、絶対に飲酒したこと漏らすなよ? じゃなきゃうちの店がヤバいんだからな!」


 そう、俺の隣で慌てているこいつは、高校時代からの友達でこの焼き鳥居酒屋『御堂』で働いている御堂御影みどうみかげ。家族で経営してるこの店を継ぐために高校卒業と同時にお父さんに弟子入りしたすごい奴だ。

 そして俺は、御影に愚痴を聞いてもらいながら炭酸が飲めないから炭酸なしのお酒を片手に焼き鳥を囓りながら泣いていた。

 家ではできるだけ弱いところを見せずにいたけど、やっぱり二年も付き合っていた彼女を寝取られたのはすごく辛い。だから泣いてる。

 杏奈のことは絶対に許せないけど、この二年で俺なりに愛情を伝えていたものだから、不満があるなら教えてほしかったし、最悪弟に乗り換えるなら事前に別れを切り出してほしかった。

 好きだった人に裏切られたこの痛みは、とてもじゃないが筆舌に尽くしがたい。


「しっかし、杏奈ちゃんも酷いよな。自分から告白しておいて浮気かよ」

「あんっの(自主規制ピー)の(自主規制ピー)の(自主規制ピー)め!!」

「めっちゃ言うじゃんお前……。まぁ、今は他にお客さんもいないし好きなだけ吐き出せ」


 御影の優しさが身に染みる。泣きそう。もう泣いてるけど。

 酔っ払いは面倒くさいと昔から御影と言い合ってきたけど、今自分がその面倒くさい酔っ払いになっている。にもかかわらず、こうやって愚痴を聞いてくれて共感してくれるだけで本当にありがたかった。

 涙で流れた水分はお酒で補給する。


「大将おかわり! あと、ねぎま二本とつくねと豚バラ!」

「おいおいそんなに頼んで大丈夫か? 酔いすぎて勘定払えないとか勘弁だぜ」

「こら御影! お前の友達だしいつもうちの店を贔屓にしてくれてるからツケでいいじゃねぇか! ……ちょうどここらで注文来ると思って焼いといたねぎまだよ!」


 大将から熱々のねぎまを受け取り、タレが奥まで染みこんだネギと肉を口に含んでグラスに残ったお酒で流す。

 グラスが空になると同時に新しいお酒を持ってきてくれて、それを七分目くらいまで注いで氷と混ぜ合わせる。


「ただ、お前これからどうすんだよ?」

「何が?」

「何がって……実家とは縁を切られて行くところないんだろ?」

「縁を切られたんじゃなくて縁を切ったんだよ」

「どっちでもいいわ!」


 結構重要なことなのにどっちでもいいとはなんと酷い。俺からあんな家族とは縁を切ったことが大切なんだ。

 ただ、まぁ御影の言うとおりこれからは考えないといけない。

 酔ってハッキリしない頭をフル回転させる。


「ひとまずしばらくはホテル暮らしをしながら、叔母さんに頼んで保証人になってもらってのアパートかマンションかどっか借りることになるかな」

「叔母さん遠くに住んでるんじゃなかったか? 大丈夫なのかよ」


 保証人の条件は三親等以内と聞くし、叔母さんはあのクソ親と違って俺にも優しく接してくれたから保証人にもなってくれると信じたい。

 一年の間に多めにバイトのシフトを入れて、実家暮らしであまり支出もなかったからある程度貯金はできてるし、シフトをもう少し増やすなり別のバイトをするなりすれば家賃と生活費も払っていけるだろう。

 学費だけは実質親が払ってくれてるみたいなものだから、これは癪だけど素直にありがとうと言わざるを得ない。

 焼き上がったつくねと豚バラを受け取り、つくねを食べながら唸っていると、店の扉が開く。


「へいらっしゃい!」


 大将の元気な声が響く。そして――、


「――え、隼人……?」


 透明感のある綺麗な声で俺の名前が呼ばれる。

 俺のことを名前で呼ぶ人物など本当に片手で数えられるくらいで、それでいて女子となるとそんなの一人しかいない。

 つくね串を置いて入り口をみると、女子集団の中で懐かしい顔と目が合った。

 彼女は、フッと優しい微笑みを浮かべる。


「やっぱり隼人だ。久しぶりだね」


 明るいアッシュグレーに染めたセミロング。ふっくらとした優しい瞳。艶やかな唇。

 少し細身だけど、しっかり女性らしさを感じる体つきの美女――岩崎玲奈いわさきれいな。俺の幼馴染……に、なるのかな。定義が分からないけど。

 玲奈とは小学校から中学校まで同じ学校に通っていた。一緒の男女グループで遠足や修学旅行なんかも回っていた仲良しだったんだけど、別の高校に通うことになってそこから連絡は取れていない。

 ……そして、実は俺の初恋の時の片想い相手だったりする。

 もうずっと会えないと思っていたけど、まさかの場所で再会して少し嬉しくなる。


「ごめんね皆。私、行ってきていい?」

「ほぉ? なるほどもしや彼が例の……?」

「……うん、そうなの」


 何やらそんな会話が聞こえ、一緒にいた女子たちは温かい目で玲奈を送り出した。

 トコトコと歩いてきた玲奈は、俺の隣に腰掛けて烏龍茶とねぎまを注文している。


「えっと……本当に久しぶり」

「ああ、本当に」

「だね。……って、あれ? 泣いてる?」


 俺の頬に流れた涙に気が付いた玲奈がハンカチを取りだして優しく拭ってくれる。

 その感触がまるで天使に撫でられているようで、御影に優しくしてもらったのと合わせてまた涙が溢れ出してくる。


「わわっ! どうしたの!? それに、隼人の誕生日はまだ先なのにお酒……」

「あー、実はこいつ自棄酒中で」

「自棄酒? 何があったの?」


 背中をさすられるけど、上手く言葉が出てこない。

 そんな俺を見かねたのか、御影がゆっくりと最初から何があったのかを代わりに説明してくれた。

 静かに聞いていた玲奈だったけど、表情がどんどん険しくなっていく。


「何それ……その子もご家族も絶対におかしいよ! どうして隼人がそんな目に遭わないといけないの!?」

「まぁ、そういうわけでね。こいつ、ほぼ全部失って今割と冗談抜きで人生ピンチな状態だと思うんですよ」

「いいよいいよ! もうどうにでもなれの精神で生きていくから!」


 泣きながらグラスのお酒を一気飲み。喉が熱くなる。

 机にガンと音を立ててグラスを置くと、今度は突っ伏して泣く。


「どうせ俺なんて~!」

「はぁ……やれやれどうしたものか」


 御影に呆れられた気がするけど、でもどうすればいいんだよって話なんだわ。

 俺だってどうすればいいか分からないし……。

 と、思っていたら頭と体が柔らかい感触に包まれた。


「よしよし。辛かったね、悲しかったね。もう我慢しなくていいんだよ」


 玲奈にぎゅっとされて慰められていた。

 心音と温かな体温に、ひび割れて壊れた心が癒やされて同時に我慢していた何もかもが溢れてくるような気がする。

 申し訳ないと思いつつも玲奈の胸を借りて泣き続ける。


「ねぇ。隼人は今、家がないんだったよね?」

「うん。ホテル暮らししながら家を探すかなって思ってた」

「じゃあさ、提案なんだけどさ」


 顔が近付いてくる気配がして、耳元で吐息を感じる。


「うち、来ない? 一緒に住もうよ」


 それが同居のお誘いだと理解するのに、少しの時間が必要だった。

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