弟に彼女を寝取られたら、美人な幼馴染と結婚同然の同棲生活が始まりました

黒百合咲夜

プロローグ

 頭を殴られたような衝撃というのは、あのようなことを言うのだと思った。

 俺、松井隼人まついはやとには高校時代から付き合っている彼女がいた。

 名前は伊予島杏奈いよじまあんな

 一つ下の後輩で、高校時代に部活動でよく話すうちに告白された、というのが馴れそめである。

 彼女の成績ならもっと上の大学を目指すこともできただろうに、わざわざ俺を追いかけて同じ大学に入学してくるほど関係は良好だった。

 でも、そう思っていたのは俺だけだったみたいだ。


「ごめんな兄ちゃん。彼女、俺の方が体の相性がよかったみたいで」


 憎たらしい笑みを浮かべてそんな風に言ってくる、俺の二つ下の弟、松井琢己まついたくみ

 そして、琢己のベッドの上で裸になり、布団で体を隠す杏奈の姿。

 家に帰ってきたら琢己の部屋がやけにうるさかったから、注意しようと思って部屋に入ればこの状況だ。一瞬、理解が追いつかなかった。

 でも、少しずつ頭が現実を理解し始めて、気が付けば琢己の頬を力いっぱい殴りつけていた。


「やめてっ!」


 悲鳴のような声を発して吹っ飛ばされた琢己に縋り付く杏奈。

 それを見たら、ああもうダメなんだな、と分かってしまう。

 ため息と共に振り返ると、険しい顔をした両親が廊下で腕を組んでいた。


「隼人! あんたお兄ちゃんなのになんで琢己を殴ったの!」

「まったく大人げない。彼女の一人や二人、琢己に譲ってやることもできないのか。お前よりも琢己の方が優秀なのだからこうなることは当たり前だろうに」


 そうだった。このクソ親は昔から何かあると決まって俺を責めてくる。

 だから琢己も調子に乗って、いつも俺に対して舐めた態度ばかりを取って、それをこいつらは注意もしない。

 ほんと、歪んだクズみたいな家だよここは。

 大抵のことは我慢してきた。けど、さすがにこれはもう我慢の限界を超えたし、大学生なんだし自立もできる。

 こんな腐った環境からはとっとと縁を切るのが今後の俺にとって必要なことだと思えてきた。


「……出ていく。お前らみたいな連中と一緒にいられるかよ」


 そう口にして自分の部屋に戻り、まぁそんなこともあるかなとある程度まとめていた荷物をダンボールに詰める。

 それを、服とか細かなものを詰めたキャリーバッグに括りつけ、乱暴に部屋の扉を開けて廊下に出る。

 弟の部屋からは杏奈が何か言いたげに顔を覗かせていたけど、もう知ったことじゃない。

 後から汚い笑いをした琢己が部屋から出てくる。


「出ていくのかよ兄ちゃん。逃げるのかよだっせぇなぁ」

「……うるせぇ。大学受験落ちろ」


 惨めだと分かっているけど、それだけ毒を吐いて階段を降りていく。

 そして、最後に靴を履いて残った靴を袋に入れて家を出ようとすると、父さんが印鑑と通帳を投げ渡してきた。


「それが大学の学費が引き落とされている口座の通帳と印鑑だ。これで親の義務は果たした。もう二度とうちと関わるなよ」

「ああそうかよ。学費に関してだけは礼を言っておくわ」


 これだけは本心だ。これで、もう実家とは関わらない。

 家の中からの冷たい視線を受けながら、玄関扉を蹴るように乱暴な足取りで家を出て行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る