余談、「流人、篁」と「隠岐の島」

 隠岐の島は島根県の北側にある諸島であり、本土とは約80キロも離れている。

 現代でこそ、高速船で1時間、フェリーなら2時間でつくことができるが、小野篁が隠岐へ流刑となった頃は、それこそ長時間の舟旅となっただろう。


 流刑。それは平安京から遠く離れた場所へ、ある程度官位が高い貴族を飛ばすことを目的とした刑罰の一つだった。流刑は平安京からの遠さを基準とされていて、遠ければ遠いほど重罪とされていた。流罪は、遠流おんる中流ちゅうる近流きんると三種類に分けられており、隠岐は遠流の地とされていた。

 流罪は死刑に次ぐ罪の重さの刑罰であり、主に政治犯などに適用された。これは死刑にしてしまうと、その支持者たちが氾濫を起こす可能性があるということも考えられたため、流罪にして力を削いだという説もある。


 小野篁は、遣唐使に乗ることを拒否し、朝廷への批判を漢詩に込めて書いた。その漢詩が朝廷内で問題視されたために、流刑となった。

 たかが朝廷批判の漢詩で流刑というのは、いささか厳しすぎるような気もする。だが、考え方を変えれば、小野篁という人物がそれだけ朝廷内で影響力を持つ人物だったのだろうということがわかる。篁の考えに賛同する者が出ないように篁を罰した。それが本当の流刑の理由かもしれない。


 もし、篁の朝廷批判を戯言と聞き流していたら、篁の考えに呼応して、朝廷をひっくり返すようなことを企む人間も出てくる恐れがあったのだ。平安時代というのは、貴族たちが雅やかに過ごしていた平和な時代かと思うが、そうでもない。貴族たちによる権力争いの陰謀が渦巻き、暗殺などが当たり前におこなわれた時代なのだ。だから、篁も隠岐へと流されることとなった。きっと反篁派の勢力が動いたのだろう。篁には、義父である藤原ふじわらの三守ただもりがいた。三守は当時右大臣であり、権力者だったはずだ。その三守をもってしても、篁の遠流は避けられなかったのだ。


 また、篁の流刑に関しては、嵯峨上皇が篁の漢詩を読んで激怒したためとされている。当時の天皇は、仁明にんみょう天皇であり、嵯峨上皇はその二代前の天皇であった。そんな嵯峨上皇が激怒して、篁の罪状を審議するように朝廷に指示したというのだ。

 嵯峨上皇は篁のことを非常に可愛がっていたとされており、また篁の父親である小野岑守を自分の懐刀のようにして重要視していた。だからこそ、嵯峨上皇は厳しい対応を指示したのかもしれない。


 隠岐への流刑となった篁については、歴史書などには詳しい話は残されてはいない。だが、隠岐の民話や後世作られた話などがいくつか残っており、その中にあるのが阿古那あこなという女性との恋物語だった。


 今回の話では、その阿古那との恋物語をほんのちょっとだけ入れて、篁の隠岐ライフを描いてみた。流刑地、隠岐。どれほど険しいところだったのだろうと想像してみたが、色々と調べると普通に島民が暮らしているし、隠岐国司の庇護のもとで流刑者は暮らすようなので、そこまで厳しかったわけではなさそうだ。

 しかし、平安京暮らしに慣れている貴族にとっては、それはそれは厳しい生活だっただろう。


 また、今回の話にはスサノオノミコトが登場している。スサノオノミコトと隠岐は深い繋がりがあるようで、隠岐ではスサノオ信仰がされているとのことだったので、今回は隠岐の守り神として須佐之男命を登場させた。


 須佐之男命は牛頭天王という荒神でもある。そのことはスサノオについて調べていて知ったことだったのだが、この時は鳥肌が立った。

 阿古那が牛頭の被り物をしていたら面白いなと思いながら牛頭女の話を書き始めたのだが、隠岐の守り神がスサノオということがわかり、さらに牛頭天王と繋がったのだ。

 史実をベースとした物語を書いていると、こういったことに遭遇することがしばしばあるのだ。


 さて、長くなったが隠岐流刑編も、これにて終了。

 隠岐の地から、篁は平安京へと戻ることになる。

 流刑を異例のニ年という短さで終えた小野篁を待っているものとは何なのか。

 この先もお楽しみいただければと思います。

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