第7話 調査開始

 問題の家は陽太がくれた地図のとおり、祖父母宅から十分くらいの場所にあった。外観こそ整っているが、庭の雑草が伸びているから親戚の人の定期掃除はまだ来ていないようだ。

 こうして見ると空き家で寂しくは見えるが、孤独死があったとは思えない。特にここは田舎だ。歩いている時畑や道すがら「おう、大輝君か。今年も来たか」と何人か顔見知りになった人と挨拶をした。夏にしかこない自分ですらこんなに覚えてもらっているのに、この家はなぜ孤独死するまで気づかれなかったのだろう。

 問題の家をそのままぐるりと一周する。田舎のためか、家と家の感覚が長い。その中にぽつんと建っているからゆったりと歩ける。陽太が言っていたとおり、雨戸やカーテンはしっかり閉まっているので部屋の中は見えない。

「おう、お化け屋敷探索か?まだ陽は高いぞ」

「ひゃあっ!」

 後ろから大きな声をかけられたから、拓真はびっくりしてしまい、変な声を出してしまった。

 振り向くとさっき畑で挨拶した中山のおじさんだった。彼は祖父母とも付き合いがあり野菜をよく譲り合って、もはや物々交換なんじゃないかと思うくらい頻繁に顔を合わせる。中山家の畑はどことまで知らなかったが、こっちにまであるとは思わなかった。

「陽太か友梨佳に聞いて物見遊山で来たんだろ? 幽霊はこんな昼間に出ねえぞ」

「ち、違います! 僕、この家の話から行政の問題点や、ご近所付き合いが都会みたく希薄化してるかレポートにするんです」

「なーんか、ムズムズする言葉だがまあ、簡単に言えばなんで付き合いの濃いはずの田舎で孤独死なんて起きたかってことだろ?」

「まあ、そうです。息子さんが働けなくなって困ってたのに役場の人は何もしなかったのかなって」

「うーん、婆さんのこともあって民生委員は来てたんだが、補助は拒んでたらしいんだ」

「え? なんで?」

「息子が役場の人間だったから恥と思ったんじゃねえかな。悪い奴らじゃなかったけど、昔は豪農だったからプライドは高かったからな。息子は休職中でも少しは給料出ていたらしいし」

「豪農?」

「金持ちの農家ってことさ。沢山畑持ってて家もお屋敷みたいだったと言うぜ。ほら、あれだ。戦後のGHQに農地を取り上げられて、残った土地も相続で分散して、この家はここしか残らなかったから。だから、このとおり今は普通の家だ」

 今の話を聞くとこの空き家が余計に寂しげに見えてくる。

「昔話に出てくるような庄屋さんだったのがサラリーマンに。でも気分は庄屋さんそのままだったのか。没落貴族がプライド捨ててないというか」

 大輝は彼なりに反芻して理解する。そういう人に限って虚勢を張っていることが多い。クラスにも「俺は武士の家だったんだ」と何度も家系自慢する奴がいるが、彼自身は普通のサラリーマンの家の中学生だ。スポーツも成績も普通だし、自分よりランクが下の高校希望と噂で聞いたから、かろうじてプライドを保つための自慢だったのだろう。

「ちょっとめんどくさい人達だったんだね」

「まあ、悪い奴らじゃなかったけどな。でも、嫁さん逃げたから『嫁いびりでもしたのじゃないか』って噂にもなってたな」

「んー、よくわからないけどドラマにあるような『まあ、まだホコリがあるわよ』とか嫌味言うアレ?」

「この辺りは家と家の距離があるから騒音とかほとんどないが、ここの家は時々、怒号が隣にまで聞こえたからなあ。婆さんが強かったって話だ。だから村八分ってほどじゃないけど挨拶はするが、みんなちぃーっとばかし距離置いてたな」

「ふむふむ、近所付き合いは少し悪かったと」

 メモを取りながら、これは難航しそうだと感じていた。さっきも感じたが、田舎だから隣の家との距離は離れている。それでも怒号が聞こえたと言うからには相当母親はキツイ人だったが、お嫁さんに向けてなのか長男などの子供達に向けてなのか判然としない。そして皆は最低限の付き合いしかしなかった。役場の援助はプライドが高くて断っていた。社会問題としてレポートにするには難しそうだ。

「あー、でも何年か前に引っ越してきた緒形さんとは付き合いあったようだな。あの人もいわばよそ者だし、空気読めない人だから気が合ったのか、よくこの家に遊びに来てたようだぜ」

 突然手がかりが降ってきた。緒形さんから聞き出せるかもしれない。

「緒形さんの家はどこ?」

「お? 早速、聞き込みか? あの人も年だから入院しているらしいぞ。病人に死んだ友人の話をさせるのは酷じゃないか?」

 せっかく聞いた手がかりもダメそうだ。その緒形さんとやらは話からしてお年寄りだろうし、最後の手段にした方が良さそうだ。こうなったら中山にとことん聴き込もうと決めた。

「おじさんはこの家が光るって噂は知ってた?」

「ああ、俺も直接見たわけじゃないし、四六時中光ってた訳じゃないから何かの見間違いだと思うが、犬の散歩させてる人は皆『あの家は光る』といってた」

「やっぱり、人魂みたいに夜中に光ってたのかな?」

「いや、動いたり、何か飛んでたとは言ってなかったな。部屋の中が光ってたと」

「ふうん、不思議だね」

 この辺はあまり中山は知らなそうだ。夕方に犬の散歩させる人を見つけて聞いた方がいいと思った。

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