第29話「ずるい」

「――ずるい」


 翌日、洗面台で顔を洗っていると、頬を膨らませた美麗が後ろから抱き着いてきた。


「何がだよ? というか、抱き着くなって」

「昨日、村雲さんと一緒に月、見に行ったでしょ? 私も行きたかった」


 どうやら、女子の誰かが美麗に洩らしたらしい。


 まぁあれだけいれば、誰かしらが言うだろう。

 俺も村雲も、部屋に戻るのは遅かったし。


 ……というか、月を見に行くとは女子たちに言わなかったから、村雲が部屋に戻ってから女子たちにばらしたのか。

 まぁ、下手に疑われるよりはいいのかもしれないが……いらぬ誤解は生んでいるだろうな。


「寝てたじゃないか」

「起こしてくれたら、起きたもん……!」

「いや、起きないだろ……」


 朝ならともかく、夜の美麗は眠りにつくと、なかなか起きない。

 ある程度の睡眠時間を確保しないと、起きていられない体質なのだろう。


 ちなみにこの我が儘は、年越しの際でもよく言っていたが、美麗が起きていたことは一度もなかった。


「今日は、見るから……!」

「どっちみち、今晩はキャンプファイヤーじゃないか」


 後、肝試しもあったかな?

 あちらは任意らしいけど。

 めんどくさいし、美麗もお化けは苦手としているから、わざわざ参加しないだろう。


「あはは、苦労しているようだね」


 不機嫌になっている美麗の相手をしていると、楽しそうに笑いながら村雲が近付いてきた。

 その背後には、何やら怨念を感じさせるような雰囲気をまとった女子たちが、俺の顔を睨んでいる。

 村雲と二人きりで月を眺めていたから、嫉妬されているのだろう。


 たくっ、モテる奴と一緒にいると、厄介なものだ。


「美麗、元凶はあいつだから、文句はあいつに言ってくれ」


 このまま美麗の相手をしていると、男子にまで昨晩のことがバレかねないため、俺は標的を村雲に変えさせることにした。

 後は部屋でやってくれればいい。

 そう思ったのだけど――。


「私は、翔が起こしてくれなかったことを、怒ってるの……!」


 どうやら、美麗が文句を言いたいのは俺らしい。

 どうして誘ってくれなかったんだ、という気持ちがあるのだろう。


「一応言っておくと、部屋に帰ろうとしたら急に村雲が月を見たいとか言い出したんだ。だから、わざわざ部屋に戻ったりしなかったんだよ」

「…………」


 その説明で納得したのか、美麗は不満そうにしながらも黙り込んだ。

 俺がそんな手間なことをするはずがない、という理解はあるらしい。


「とりあえず、今晩キャンプファイヤーの時に月は見れるから、いいだろ?」

「……一緒に見るから」

「わかったわかった」


 俺は美麗の頭を撫でて、留飲を下げさせる。

 どっちみち、仮にも付き合っている以上は、キャンプファイヤーも隣で見ることになるだろう。

 フォークダンスもあるらしいし、美麗の傍にはいる。


「朝からいちゃいちゃしてる……」

「浮気男……」


「それは誤解だから、やめてくれ」


 なんだか女子たちが、白い目で変な事を言ってきたので、俺は笑顔で否定しておいた。

 美麗だけでなく、村雲にまで手を出したとなれば、大騒ぎだ。

 それこそ、学年中の男女を敵に回しかねない。


「心配しなくても、僕と翔君の間に恋心が芽生えることなんてないよ」

「唯今さんがそう言うなら……」


 さすがの村雲も、ここで悪ノリをすることはないようだ。

 俺の言葉は信じなくても、大好きな村雲の言葉なら女子は信じるらしい。


 納得いかない気持ちはあるが、騒ぎになるよりはマシなので、俺は何も言わずに部屋へと戻るのだった。


「翔、約束だからね?」


 なぜかついてきていた、美麗と共に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る