第28話「元カノの想い」
「ふふ、よく気付いたね? さすが翔君だ」
俺の勘は当たっていたようで、村雲は楽しそうに笑う。
こんな状況で笑っていられる人間なんて、そうはいない。
「だから、俺に鬼絡みしてきていたわけか。佳織が死んだからって、他の女子と付き合ったのが気に喰わなかったのか?」
「別にそうじゃないさ。ただ、知りたくはあったよ? 君が、本当に有栖川嬢と付き合っているのかどうかをね」
「その理由が、佳織に関わるんじゃないのか?」
「それはそうだね。でも、君が思ってることとは真逆だよ。さっきも言った通り、君が有栖川嬢と本当に付き合っているのなら、何も問題はないんだ」
村雲の目は真剣で、嘘を吐いてるようには見えない。
「どういうことだ? ちゃんと説明をしてくれ」
「言ったところで、君が聞き耳を持つとは思えないけどね?」
「言ってくれないとわからない」
とりあえず俺は、村雲を解放する。
気に喰わないが、村雲の考えを知りたい。
「じゃあ、言うけどさ――」
そこで村雲は言葉を止め、深呼吸をする。
そして、睨むような目で、俺の顔を見てきた。
「君が佳織のことを引きずっていて、それを佳織が喜ぶと思っているのかい?」
「――っ」
「従姉の僕よりも長く一緒にいたんなら、わかるはずだよ。あの子の死を引きずって君が前を向けないなら、あの子が悲しむってことを」
村雲の言っていることは、正しいと思う。
佳織は他人想いの優しい子だった。
自分が誰かの足を引っ張るようなこと、望むはずがない。
しかし――。
「死んだ大切な人のことを、簡単に忘れられるかよ……。それに佳織だって、本当は――」
「一つだけ、佳織から君への
「言伝……?」
そんなのがあるなら、なんで今まで言わなかったのか。
今になって言う理由もわからない。
「なるべく言わないで――とは言われていたけど、君がどうしてもウジウジと引きずっているようなら、言ってほしいと頼まれていたんだ。本当は、僕も言いたくなかったけど……二年経ってもこれじゃあ、君はきっとこの先も佳織のことを引きずり続けるだろうからね」
村雲は好き放題言ってくれるが、佳織の言伝が気になるため俺はグッと我慢する。
俺に言い返す気がないとわかると、村雲は続けて口を開いた。
「『翔、私が死ぬ前に約束したよね? 私の分まで、幸せになってって。それなのに、いつまで私のこと引きずってるの? 私、そんな重たい人嫌だよ? 私のこと引きずって幸せになろうとしないなら、翔が天国に来ても仲良くしないから。ウジウジする翔なんて、だいっきらい。さっさと私のこと忘れてよ。そしたら、天国で温かく迎えるから』……だってさ」
それは、矛盾を含んでいるような言伝だった。
自分のことを忘れろと言っているのに、天国で再会する気満々でいる。
これじゃあ、どこからどこまでが本音なのかすらわからない。
「天国で迎えるって……自分は天国にいる前提かよ……」
俺はなんとか言葉を絞り出し、悪態をつくことしかできなかった。
「あんなにいい子が、地獄に行くはずがないでしょ。そんな子に君は、ここまでのことを言わせたんだ。それなのに、まだ引きずるつもりかい?」
正直、言葉一つで想いを捨てられるのなら、何も苦労しない。
何より、佳織の口調ではあっても、本当に佳織が言ったことかさえわからないのだ。
村雲が作り話をしている可能性だってある。
だけど――佳織なら、本当にそう言うと思った。
何より、約束したことは、佳織と俺しか知らなかったはずだ。
それが出てきたということは、佳織が本当に言った可能性が高い。
だから俺は、今の言葉を
「あいつは……残されたほうの身にもなれっての……」
「そうだね、それは思うよ。でも、あの子だって、できるなら生きたかったに決まってる。君のことが、大好きだったんだから」
知っている、佳織がどれだけ生きたがっていたかってことくらい。
もう長く生きられないとわかってからも、お見舞いに来た俺や愛の前ではいつも笑っていたが、いつも目の下には泣いた後があったし、服の袖も涙で濡れていた。
本当につらい思いをしていただろう。
「僕は正直、君のことをよく思ってはいなかった。久しぶりに会って遊んでても、佳織は君の話しかしなかったからね」
村雲は昔を懐かしむように月を見上げながら、遠慮のないことを打ちあけてきた。
「佳織のこと、好きだったんだな?」
「そうだよ? しかも、恋愛対象としてね。僕がこういう喋り方をするようになったのは、佳織に好きになってもらいたかったからだ」
村雲はもしかしたら男子ではなくて、女子が恋愛対象なのかもしれない――ということは考えたことがあったが、まさか佳織のことを好きだったとは。
つまり村雲から見たら、俺は恋敵だったわけか。
「ちなみに、僕は有栖川嬢のことも結構好きだったんだ。あの天真爛漫さがかわいかったし、人を惹きつけるからね。あの笑顔を見てると、悲しいことや辛いことを忘れられるようだったよ」
……うん、待ってくれ。
「なんだか俺、今ここでお前と二人きりになってるのが、怖いんだが……?」
「あはは、大丈夫だよ。誰も見てないからって、突き落したりなんてしないから」
村雲は無邪気な笑顔を向けてきたが、俺は寒気がした。
本当は俺のことを恨んでるんじゃないだろうな、こいつ……?
美麗だけ特別な呼び方をしていると思ったら、そういう事情があったわけか……。
「まぁ、さすがにそこまでするとは思ってないが……だったら余計、俺と美麗が付き合ってないほうがいいんじゃないのか?」
好きな相手に恋人がいる。
それほど邪魔な存在はいないだろう。
「僕じゃ、有栖川嬢を幸せにできないし、彼女自身僕には興味がなかったからね。それよりも、信頼できる人と結ばれるほうがいいさ」
「……よく思ってなかった相手なのに、か……?」
「いつの話をしてるのさ。それは、僕が君と出会う前の印象だよ。今は――まぁ、佳織が君を好きになった理由くらいはわかる程度に、信頼はしてる」
村雲は照れくさそうに笑ってそう言ってきたが、自分でも佳織に好かれた理由がわかってないのに、本当だろうか?
帰り道に背中から押される――なんてことが、なければいいが……。
「それに有栖川嬢が翔君の従妹で合ってるなら、佳織も納得すると思うしね。幼い頃一度しか会ってないけど、かわいかったって言ってたから」
そういえば、一度美麗が駄々をこねたことがあって、佳織と遊ぶ際に連れて行ったことがあったな。
佳織は仲良くしたがっていたけど、美麗が若干不機嫌そうにしていたのは覚えている。
どこに、かわいいと思う要素があったのだろう?
「彼氏に他の女ができて、喜ぶ人間はいないと思うが……」
「佳織の場合は仕方がない理由だし、君が幸せになるならあの子は喜ぶさ。それに僕は、佳織から頼まれてたんだ。佳織が死んだら、翔君が引きずってしまうから、前を向かせてほしいって。どんな強引な手段を使ってもいいから――ってね」
どんな強引な手段――なるほど、確かに強引だ。
佳織のことを好きだったなら、村雲がその言葉に従う理由もわかる。
「それが、新しい恋人を作ることでも――か」
「なんなら、僕が翔君のことを勧められたくらいだしね。まったく、知らなかったとはいえ、残酷な子だよ」
好きな人から別の人間を勧められるほど、悲しいこともない。
佳織も結構天然なところがあったし、村雲の気持ちに気付かなかったんだろう。
というよりも、村雲がうまく隠していたのかもしれないが。
「それが、入学してから鬼絡みしてきた理由か?」
「まぁ、佳織が言うほどいい男なら――とは思ったけどね。でも主な理由は、君が前を向くためのフォローだよ。役に立たなかったけど」
そう言って、村雲は仕方なさそうに笑う。
自分だって佳織が死んでショックを受けたり、引きずったりもしただろうに……俺よりも、だいぶ強いメンタルをしているんだろう。
「それで俺はお眼鏡にかからず、他の女子とくっつけさせようとした感じか?」
「うん、君って結構鈍感なところがあるよね」
思ったことを言っただけなのに、なぜかジト目を向けられてしまった。
うん、なぜだ?
「まぁ、いいけどね。そもそも君は僕に興味ないだろうし。あと、君をとったら有栖川嬢から恨まれかねないしね」
「いや、俺と美麗が付き合ってないって決めつけてるんじゃなかったのか?」
それならば、美麗のことを気にするのがおかしい。
恋人どころか恋愛対象として好きでもない相手をとられたところで、何も思わないだろう。
「付き合ってなくても、かなり君に懐いてるでしょ? あれ、他の人間が君をとったら、牙を向けてくるレベルだよ」
美麗が牙を向ける姿、全然想像できないんだが?
どちらかというと、拗ねるぐらいだろう。
「とまぁ、話したかったことは話したし、僕としては君が前を向いて、真剣に有栖川嬢と付き合ってくれれば、それでいいんだ」
佳織の気持ちを思うなら、確かにそのほうがいいとは思う。
ただ、肝心な俺と美麗の仲には、恋愛感情が含まれていないわけで――少し、返答に困った。
「まだ時間があるかな? せっかくだし、月を見て帰ろうよ」
もう話は終わりだ――そう言わんばかりに、村雲は腰を下ろして月を見上げる。
俺は村雲一人残すわけにもいかず、仕方なく隣に座るのだった。
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【あとがき】
読んで頂き、ありがとうございます(*´▽`*)
話が面白い、キャラがかわいいと思って頂けましたら、
作品フォローや評価(☆)をして頂けると嬉しいです(≧◇≦)
これからも是非、楽しんで頂けますと幸いです♪
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