第21話「女子部屋への誘い」

「やっと、一息つけるね?」


 一日のスケジュールを終え、宿泊施設に戻ってくると、和輝が笑顔で話しかけてきた。

 まじでこいつ、ほとんど息を殺していたな……?


「俺一人、振り回されて大変だったんだが……?」

「それは君が、神楽坂さんや村雲さんを同じ班にするからでしょ?」

「確かに、それはそうなんだが……」


 俺を主に振り回してくれたのは、言わずもがな、美麗と村雲だ。

 美麗は無邪気な分許せるが、村雲は故意的にちょっかいをかけてきていた。

 俺を困らせて楽しんでいたのだろう。


 前まではここまで悪ふざけをする奴じゃなかったが、林間学校ではしゃいでいるのかもしれない。

 もしくは、俺が美麗とくっついたことで、新しいおもちゃを手に入れた、とでも考えているのだろう。


「ところで、どうしてほとんど喋らなかったんだ?」

「僕に、あの陽キャ二人の相手は荷が重すぎるよ……」


 そう言って、和輝は遠い目をする。

 いや、言うほどお前、陰キャじゃないだろ?


「普段村雲の相手をしているのに?」

「それがギリギリだし、なんなら基本僕や村雲さんは、君と喋っているじゃないか」

「そうだっけ……?」

「ほんっと、周りに興味がないね……?」


 和輝は物言いたげな目を俺に向けてくる。

 おかしいな、そんな感じだったか……?


「でさ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」

「何がだ?」

「どうやって、あの有栖川さんを攻略したの? どんなイケメンが口説いても断られていたのに、君にはデレデレじゃないか」


 周りから見たら、美麗はデレデレに見えるようだ。

 こうして聞いてみると面白いな。

 主観的か、客観的かで見え方が全然違うだなんて。


「普通に息があって、付き合うようになっただけだが?」

「なわけないでしょ。てきとーにあしらいすぎだよ」

「とは言ってもな……」


 正直、美麗と付き合った理由に関しては、いろいろと考えた。

 しかし、どれも無理があるのだ。

 今までたいして絡みがなかった美麗が、突然イケメンでもない俺に惚れることなんてまずないし、万が一あったとしてもトラブルから救ったレベルの話になるだろう。

 それでさえ、美麗を知る面々からすれば、疑うレベルだ。


 ましてや、そんな都合よくトラブルが起きるはずもなく、作り話をしようものなら、俺はともかく美麗がボロを出す。

 だから、どう聞かれても付き合った理由などは誤魔化すことにしていた。


「あんだけモテる上に、告白してきた全員を振ってきた女子の価値観なんて、普通じゃはかれないだろ?」

「それは、そうかもしれないけど…」

「それよりも、風呂に行こう。今日は結構汗かいたし、入浴時間は決められているんだから」


 深く追及される前に、俺は荷物から着替えやタオルなどを取り出した。

 そして、廊下を歩いていると――。


「あっ、翔だ……!」


 俺たちと同じように浴室を目指していたのだろう。

 嬉しそうに美麗が近寄ってきた。

 その後ろには、村雲や花巻さんをはじめとした、大勢の女子たちがいる。


 多分、美麗や村雲と一緒にお風呂に入りたくて、ついてきたのだろう。


「翔もお風呂?」

「あぁ。そっちは大所帯だな?」

「せっかく大きいお風呂だから、みんなで入るの。覗いたら駄目だよ?」


 美麗はかわいらしく小首を傾げて、笑顔で言ってくる。

 根が子供なため、お泊り会みたいでテンションが上がっているようだ。


「残念ながら、覗けるようになんてなってないよ」

「全然残念と思ってなさそう」

「まぁな」


 男子たちがこういう宿泊時に、お風呂覗きを期待したり活気立つ気持ちはわかるが、現実的に考えて無理だ。

 何より、リスクが大きいだろう。

 だから何かを期待したりはしない。


「翔君はそんなリスクを背負わなくても、有栖川嬢の裸をいつでも見られるもんね?」

「村雲、なんだかここ最近からかいに品がないぞ? おじさんみたいだ」

「おじっ――!? へ、へぇ? 言うじゃないか、翔君?」


 さすがにおじさんというのはまずかったのか、珍しく村雲の表情が歪んだ。

 額に怒りマークを作り、ピクピクと眉が動きながら笑みを作っている。


「ん~、いくら翔が相手でも、さすがに裸は恥ずかしいかなぁ」


 そんな中、美麗は呑気に自分の感想を呟いた。

 さすがの美麗でも、裸には恥じらいを持つらしい。


「下着なら大丈夫だけどね」


 うん、そういう問題ではないな……。


 悪気なくとんでもない発言をする美麗に対し、俺は頭が痛くなった。

 逆に女子たちは、興奮したように沸き立つ。


「ふふ、意外と手が早いみたいだね、翔君?」

「勝手な妄想を膨らませるなよ? 美麗とはまだ何もないからな?」

「まだ、ねぇ?」


 試すような、挑発するような目で村雲は俺を見つめてくる。

 いったい何を考えているのやら。


「翔、あまり話しこんでると……」


 女子たちが大勢いる中、気まずかったのだろう。

 和輝が俺の肩に手を置いてきた。


「あぁそうだな。俺らはもう行くよ」

「うんうん、またあとでね」

「次会うのは食事の時だな」

「その後は、私たちのお部屋おいでよ。トランプしよ?」


 相変わらず、美麗は純粋というか、なんというか……。

 一応就業時間までなら、男子が女子たちの部屋に行っていいようにはなっている。

 一部屋の人数も多いから、間違いなんて起きないと学校側は思っているんだろう。


 しかし、他の女子の目があるわけで――。


「まさか、彼女の誘いを断らないよね?」

「…………」


 俺が断るとわかっているのだろう。

 村雲が挑発的な目で横やりを入れてきた。


 どうやら、おじさん発言を根に持っているようだ。


「他の女子が嫌がるだろ?」

「みんな、いいよね? 翔君が遊びに来ても?」


「「「「「はい!!」」」」」


 村雲がニコッと笑顔で尋ねると、女子たちが目をハートにしながら頷いた。

 もうなんというか、この女、凄すぎる。


「ふふ、次こそは勝つからね……!」

「美麗は美麗で、バス内のことを根に持ってるってことだな……」


 こうなると、俺も断るわけにはいかない。

 断れば、村雲を中心に女子たちから、腰抜けやヘタレなど言われるだろう。


「和輝――って、もういないじゃないか……」


 せめて和輝を連れて行こう――そう思ったのだけど、いち早く危険を察知して逃げたらしい。

 くそ、やっぱり裏切り者だな。

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