第13話「甘えたがりの従妹」

「――か~ける?」


 お風呂を済ませ、自分の部屋で漫画を読んでいると、美麗が入ってきた。


「美麗」

「コンコンコン?」


 名前を呼ぶと俺が言いたいことがわかったようで、美麗は小首を傾げながらドアをノックした。

 何回言っても直らないな、この子は。


「どうしたんだ?」


 あまり注意しても美麗が嫌がるだろうから、用件を聞くことにした。


「ん、なんだか眠れないな~って」


 つまり、寝れないから遊びに来たということだろう。

 美麗は寝るのが早く、だいたい21時を目安にして寝ているようだ。

 だからすくすくと育っているのかもしれない。


「俺の部屋に来たところで、することなんてないぞ?」

「いい、お話をしに来ただけだから」


 美麗はそう言うと、俺の隣に座ってきた。

 そして腕と腕が当たるようにくっついてきて、俺の肩に頭を預けてくる。

 本当に、くっつくのが好きな子だ。


「眠たくなるまで話すってこと?」

「んっ」


 尋ねると、美麗はコクンッと大きく頷く。


「まぁいいけど」


 話したいのなら、当然話し相手くらいはする。


「…………」


 そうしていると、何やら美麗がジッとこちらを見だした。

 何を考えているのやら。


「――えいっ」


 何をしたいのか見ていると、急に美麗は俺の膝に頭を乗せてきた。

 どうやら狙われていたようだ。


「膝枕、気に入ったのか?」

「んっ! あと、こうしてたほうが眠たくなるかなって」


 確かに横になっていたほうが眠たくはなるだろう。

 しかし、ここで寝られると困る。


「眠たくなったら、ちゃんと自分の部屋に戻るんだぞ?」

「は~い」


 気のない返事なので、多分このまま寝ようとするだろう。

 ウトウトしだしたら、起こして部屋に戻させるか、俺が抱っこして美麗の部屋に運ぶしかなさそうだ。


「林間学校、楽しみだね?」

「よほど待ち遠しいんだな?」


 班が決まってからは、美麗は林間学校のことばかり言っている。

 それだけ楽しみにしているんだろう。


「だって、翔と初めての校外学習だよ? 小、中と学校違ったから、修学旅行とかも一緒にならなかったし」


 学校が違うどころか、住んでいた都道府県が違うからな。

 近場の学校なら修学旅行の日が被ったりするけれど、さすがに都道府県が違うと被ることもめったにない。

 そういえば昔、一緒の日に修学旅行行こうとか、無茶なことを美麗から言われていた。


「旅行に行くのと何か違うのか?」

「それは、旅行に一緒に行く人間が言うことだよ。翔、私と旅行ほとんど行ったことがないくせに」


 確かに。

 そもそも小学校までしか会っていなかったわけだし、会うとしても彼女のお父さんが帰省をしてきているので、わざわざそこからどこかに旅行とはならない。

 となると、初めての旅行レベルかもしれないな。


「今なら一緒に暮らしているんだし、夏休みには旅行も行けるだろ?」


 林間学校が終われば、一週間ちょいで夏休みだ。

 もちろんその間にはテストもあるけれど、それさえ乗り切れば遊びにいけるだろう。


 ……テスト前に林間学校を入れるなんて、うちの学校結構鬼畜だな。


「翔って、旅行あんまり好きじゃなそうだし……」


 何やら美麗は、拗ねた様子を見せる。

 はなから諦めているようだ。


「好きじゃないっていうか、自分から進んで行こうとはしないな」

「ほら~!」


 美麗は諦めたようにガックシとする。

 俺の太ももに顔を押し付けてきたのは、不満のアピールだろうか?


「でも、美麗が行きたいなら一緒に行くぞ? 愛も連れて行ったら、喜ぶかもしれないし」

「――っ!? 行くの!?」


 どうして美麗は意外そうにするのだろう?

 彼女が行きたいと言うのであれば、そりゃあ付き添いくらいはするのに。

 あと、男除けとして、俺はいたほうがいいとも思う。


「自分からは行かないだけで、言われれば行くよ。長期休みは時々、家族で旅行してるしな」


 愛がああ見えて、旅行が好きなのだ。

 だから両親の長期休暇の休みを狙って、旅行に行ったりしていた。

 そういうことがあるから、今更旅行に抵抗はない。


「いいな~。私、正直愛ちゃんが羨ましいもん」

「どうしてだ?」

「だって、翔と昔からずっと一緒にいられて、甘やかされ放題でしょ? 翔だって、私より愛ちゃんのほうをかわいがってるし」


 もしかして、これは焼きもちを焼いているのだろうか?

 昔は美麗と愛は変わらない甘えん坊だったので、どっちが俺に甘えるかって張り合っていたことはある。

 愛は精神的に大人になったけれど、美麗は昔のままなので、そこも変わっていないのかもしれない。


「美麗とは離れてた期間があって、今二人とも大きくなってしまったから、距離感を掴めてなかったってのはあるな」


 美麗はグイグイ来るけれど、やはり離れていた間に大きくなった相手とは、見えない壁のようなものができてしまう。

 特に美麗は大きくなって女性らしい体つきになっているし、見た目もかなり綺麗になっている。

 正直従妹じゃなかったら、近寄ることさえしないレベルの美少女だ。

 そんな子に甘えられたって、やはり躊躇していた。


 偽の恋人になったからこそ、こうして甘やかせられるようになったところはあると思う。


「すべてはお祖父ちゃんと喧嘩したお父さんのせいだよ。私、あの頃すっごくお父さんに怒ってたもん」


 絶縁に至るほどの喧嘩をした理由は、俺も美麗も聞いていない。

 別の部屋で遊んでいた時に大喧嘩を始め、見に行ったら母親たちに追い返されたのだ。

 ただ、そのせいで俺と美麗は離れ離れになったので、そりゃあ美麗からしたら思うところがあるだろう。


「お父さん、それだけじゃないんだよ? 翔の家に住むって時も、翔と同じ学校に入ることが条件とか言い出してさ~。偏差値が凄く高い学校って知った時には、家出しようかなって思ったくらいだもん」


 おそらくおじさんは、美麗を俺の家に来させるつもりがなかったはずだ。

 だけど、それじゃあ美麗が納得しないから、無理難題の条件を与えたのだろう。

 しかし、美麗はそれをクリアしてしまった。

 おじさんが泣きながら美麗を送り出したというのも、納得がいくものだ。


 ……まぁこの子、めんどくさがってやらないだけで、多分ポテンシャルは高いからな。


「よく受かったな」

「お父さんに怒ってたし、翔と一緒の学校には通いたかったから、すっっっっっごく、勉強した」


 普段の美麗の学力を見ていればわかるけれど、受かったということは本当にとんでもなく頑張ったのだろう。

 とりあえず、頭を撫でて労っておいた。


「受かったって言ったら、おじさんなんて言ったんだ?」

「あぁ、それ! ねぇ、聞いてよ!」


 いったい何があったのか、美麗がとても不満そうに見上げてくる。

 おじさん、何をやらかしたんだ?


「聞いてるよ」

「お父さんったらね、私が受かったら不正を疑ってきたんだよ!? カンニングしたんじゃないかって! 信じられる!?」


 おじさん、さすがにそれは酷い。

 娘の合格を祝うどころか不正を疑うなんて、そりゃあ美麗だって怒るだろう。


「おじさんらしいな……。美麗は頑張ったんだから、そこは素直に祝福してあげてほしいところだが……」

「ほんと、失礼な話だよね……! お父さんには、翔を見習ってほしいよ!」


 美麗は頬を膨らませて、ぷりぷりと怒る。

 あぁ、これは今日は、おじさんの愚痴会だな。


 ――結局、美麗が眠りにつくまで、俺はおじさんへの愚痴を聞かされ続けることになった。

 ちなみに、案の定美麗は寝落ちしてしまったのだけど、あまりにも気持ちよさそうに寝ているので、俺は起こさずにそのまま自分のベッドに寝かせてあげたのだった。

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