第11話「小動物のような少女」
「花巻さん、ちょっといいかな?」
美麗は笑顔で花巻さんに近付く。
しかし――。
「えっ……!? あっ、うっ……」
明らかに花巻さんは動揺し、なんなら俺たちから逃げようとしている。
「待って待って! 別にとって食べようとしてるわけじゃないから……!」
席を立って、俺たちに背中を向けた花巻さんの腕を、美麗は慌てて掴んだ。
「な、なんの用……?」
逃げられないとわかった花巻さんは、怯えたように俺たちを見てくる。
なんだか、悪いことをしている気になってきた。
「急にごめんね、驚かせようと思ったわけじゃないの」
美麗は笑みを浮かべながら、花巻さんの警戒を解こうとする。
クラスメイト相手に、なぜ警戒を解く必要が出てくるのか――と言いたくなった。
「今日って林間学校の班決めをする日だよね? 花巻さんはもう誰かと約束してるのかな?」
「うぅん、まだ……」
花巻さんは落ち込んだようにシュンとしてしまう。
やっぱり班決めのことは気にしていたのかもしれない。
そんな彼女に対し、美麗はニコッと笑みを向けた。
「じゃあさ、私たちのところにこない? 私の他には、翔、村雲さん、武藤君が今決まってるよ」
あくまで美麗は、選択権を花巻さんにゆだねるようだ。
メンバーを明かしたのも、彼女が嫌っている人間がいた場合、断ってもらうためだろう。
「静香なんかで、いいの……?」
花巻さんは恐る恐るという感じで尋ねてくる。
美麗や村雲と同じ班になることに対して、気後れしているのかもしれない。
「花巻さんがいいから、誘ってるんだよ。どうかな?」
「――っ!」
美麗の言葉を聞いて、花巻さんの表情がパァッと輝く。
喜んでくれているようだ。
しかし――俺に視線を向けて、再度シュンと落ち込んだように俯いてしまう。
「でも……神楽坂君は、静香なんか嫌じゃ……?」
どうやら、美麗はよくても他のメンバーが嫌がると思ってしまったらしい。
美麗が俺を連れてきたのは、こういうことを考慮したのかもしれないな。
「嫌だと思う理由がないからな。花巻さんさえよければ、是非入ってほしい」
「――っ!? い、いいの……?」
「あぁ、もちろんだよ」
とても意外そうにされたので、しっかりと頷いておいた。
おそらく、俺がこのクラスで気を遣わずに一緒にいられるランキングで言うと、花巻さんはワースト一位を争うレベルだ。
言葉一つでも、気を遣わなければ傷ついてしまう子だと思うので、話す際細心の注意がいるだろう。
しかし、何か文句だったり嫌なことを言ってくる子ではないので、美麗、村雲の次くらいには、多分一緒にいて楽な子だと思った。
だから、同じ班になることに文句はないのだ。
何より、美麗の意思を尊重したいというのがある。
「翔もこう言ってるし、どうかな?」
美麗は無邪気なかわいらしい笑顔で、花巻さんに尋ねる。
花巻さんは人差し指を合わせ、俯きがちにモジモジとし始めた。
少しだけ見える顔は、ほんのりと赤く染まっているようだ。
普段友達から誘われたりしないので、照れているのかもしれない。
「えっと……静香でいいなら、お願いします……」
「ほんと!? ありがと、静香ちゃん!」
「きゃっ!?」
美麗が急に下の名前を呼んで抱き着くと、花巻さんは驚きながら顔を真っ赤に染めた。
距離感の詰め方がえぐいな。
「美麗、やりすぎじゃ……?」
「仲良くしたかったから、つい抱き着いちゃった。静香ちゃんは嫌?」
小首を傾げながら花巻さんに尋ねる美麗。
花巻さんはブンブンと首を一生懸命横に振ってから、口を開いた。
「い、嫌じゃない……!」
興奮したように頬が
意外というか、さすが美麗だな。
こんなにもあっさりと、相手の懐に入り込むか。
ただそうなると一つ気になるのは、村雲に対しては下の名前で呼ぶどころか、苗字にさん呼びをしていることだ。
あいつとはあまり仲良くしたくないのか?
「よかった。よろしくね、静香ちゃん」
「んっ……よろしく……」
「私のことは、美麗って呼んでね?」
「み、美麗ちゃん……」
「うんうん、これで私たち友達だね」
まぁ美麗と花巻さんは仲良くやっているので、余計な水を差すのはやめておこう。
俺はキャッキャッとはしゃぐ美麗と、その美麗に翻弄されながらも嬉しそうな花巻さんを、温かい目で見守るのだった。
――うん、多分俺、あまり必要なかったな。
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