第9話「気さくな男友達のような美少女」
「誰も話しかけてこなくなったね?」
教室に向かう中、まるで道を開けるかのように生徒たちは両端に避けてくれるので、俺と美麗はスムーズに教室を目指せていた。
おそらく先程の美麗を見て、触らぬ神に祟りなしといった感じで、遠巻きに見ているのだろう。
そんなことを考えていると――。
「やぁやぁ、翔君。まるで時の人だね?」
昨日美麗と話をしていた、村雲が話しかけてきた。
教室から出てきたところを見るに、騒ぎを聞いて顔を出したのだろう。
「あっ、村雲さんだ! おはよ!」
「おはよう、有栖川嬢。今日も元気でいいね」
笑顔で手を挙げた美麗に対し、村雲も笑顔で応えた。
村雲はなぜか、美麗を呼ぶ時『嬢』を付けている。
本人曰く、そっちのほうがしっくりくるのだとか。
まるでキザな男みたいな喋り方をしているが、見た目は美少女なので、意外と鼻にはつかない。
ただ、やっぱり変わってはいるので、普通に喋っていたほうが男子からの人気は高かっただろう。
それこそ、美麗に負けないくらいのレベルじゃないだろうか。
まぁ逆に、この喋り方や態度が女子にウケているようだが……。
「おはよう、村雲。相手が相手だから、話題にもなるだろ?」
「ふふ、そうだね。まさか、あの学校のアイドルを翔君が落とすなんて――いったい、どんな弱味を握ったんだい?」
「人聞きが悪すぎる」
「はは、そっか。ごめんごめん」
村雲は楽しそうに笑う。
本気では言っていないのだろう。
だけど、よく俺と一緒にいた彼女は、疑問にも思っているはずだ。
接点が全然なかった俺と美麗が、どうして付き合っているのか――と。
その探りを入れに、わざわざ教室から出てきたのかもしれない。
「村雲さんってやっぱり翔と仲いいよね?」
「ん? そうかもしれないね。少なくとも、この学校では一番気を許せると思っているよ?」
美麗が笑顔で尋ねたからだろう。
村雲は特に不快にした様子はなく、笑顔で答えてくれた。
素なのだろうけど、仮にも彼女相手に言う言葉ではないような……?
「じゃあさ、林間学校同じ班にならない? 翔とも、昨日村雲さんを誘おうって話をしてたの」
美麗は本当に、村雲を誘うことにしたようだ。
確かに、周りが遠巻きに見ている今が、村雲を誘うチャンスではあるが……。
「へぇ、僕もいいの?」
「うんうん、翔のこと悪く言わないし、翔と仲良くしてくれてる女の子のほうがいいから」
「ふ~ん?」
村雲は意味深な視線を俺に向けてきた。
言わんとすることはわかる。
普通の彼女なら、彼氏と特別仲良くしているような女子は、遠ざけたがるだろう。
しかし美麗がしていることは、その逆だ。
俺たちの関係を疑われても、不思議ではない。
「美麗は能天気で後先を考えないから、純粋に村雲を誘っているんだ」
「あれ!? なんかそれ、私のこと馬鹿って言ってない!?」
『心外!』とでも言いたそうに、美麗が俺を見てくる。
ちょっと怒っているようだ。
「いや、裏表がないっていう意味で、褒めてるんだよ」
「そう? ならいいや」
……いいのか。
自分でも苦しい言い訳だと思ったのだけど……まぁ美麗が納得したのならいい。
「なるほどね。正直、既に何人かの女の子から誘われてたんだけど……有栖川嬢と翔君が誘ってくれるなら、僕も君たちの班に入るよ。これもなんかの縁だろうしね」
村雲は俺たちの関係を怪しみながらも、一緒の班になることを決めてくれたようだ。
何を考えているかはわかりづらいけれど、いたずらに他人を傷つける奴でもないので、とりあえず喜ぶべきか。
後は、女子も男子も一人ずつ――どうせなら、林間学校の班決めが始まる前に決めておきたいところだな。
ちなみに、男子も残り一つになっている理由は、既に一人確保しているからだ。
「ほんと!? いいの!?」
「むしろ、僕なんかでいいのかなって感じだけどね」
「あはは、村雲さんは大人気なんだから、そんな気にしなくてもいいと思うよ」
村雲は単に謙遜しただけだろうけど、人気者の村雲が自分を卑下するのがおかしかったのか、美麗は悪気のない笑顔を向ける。
「うん、なんだろう。有栖川嬢に言われると、ちょっと思うところがあるね」
自分より人気な子に大人気と言われたら、そりゃあ思うところも出てくる。
意外と村雲も、その辺の感性はまともだったか。
「悪気はなくて純粋に言っているだけだから、許してやってくれ」
「あぁ、別に嫌な気持ちを持ったとか、そういうわけじゃないからいいよ」
フォローを入れると、仕方がなさそうに笑いながら、村雲は美麗を見る。
「とりあえず、それじゃあ林間学校ではよろしくね」
「こちらこそ、よろしく!」
村雲を早急に確保できたのが嬉しかったのだろう。
美麗は満面の笑みを浮かべていた。
そんな中、村雲は俺に近づいてきて、ポンッと肩に手を置いてくる。
そして背伸びをして、俺の耳元に口を寄せてきた。
「貸し一、かな?」
「なんのことだ?」
「ふふ、とぼけても無駄だよ? 他の人たちの目は誤魔化せても、さすがにあれじゃあ僕の目は誤魔化せないかな?」
どうやら、完全に偽恋人のことは、村雲にバレたらしい。
いい奴なのかもしれないが、やっぱり厄介な奴だと思う。
「望みは?」
「ん~、今はいいかな。僕が困った時に、何かお願いするかも?」
面倒な奴に、借りを作ったかもしれないな……。
「ねぇねぇ、二人で何を話してるの?」
村雲と内緒話をしていると、美麗が不思議そうに見てきた。
一人除け者にされれば、当然の反応か。
「男子はどうするのかなって聞いてただけだよ」
「え~、それなら私も混ぜてよ」
「ふふ、ごめんごめん。まぁもうすぐチャイム鳴るし、後は休憩時間にでも話そうか?」
村雲はそう言うと、ウィンクをして教室に戻っていった。
本当に、何を考えているかわからない奴だ。
「よかったね、村雲さんも同じ班になってくれて」
「はは……そうだな」
これでよかったのか……?
なんだか、面倒なことになっただけのような気がする。
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