第8話「バカップルの誕生」

「翔、行こっか?」


 翌日の朝、身支度を終えた美麗が笑顔で抱き着いてくる。

 今日から学校で偽恋人として過ごすので、くっついて登校するというわけだ。


「うまく演じられるか?」

「大丈夫だよ。家にいる時のように、仲良くしてればいいんだから」


 意識をすると逆に怪しくなるから、普段家で接している態度のままでいいんだろう。

 あまりいちゃいちゃするのは俺のキャラじゃないし、美麗の好きなようにさせておくのがいいか。


「家にいる時の兄さんたちはまるで恋人のようなので、それで問題ないと思います」

「そっか、愛が言うなら間違いないな」


 ……あれ?

 それって、愛からは、俺たちが恋人のように見えているってことか?

 まぁ実際は付き合っていないと知っているのだし、何も問題はないか。


「ふふ、みんな驚くかな?」

「間違いなくな。てか、軽い騒ぎになると思う」


 美麗の人気から考えて、『はい、そうですか』では終わらないはずだ。

 女子たちは興味を示して騒ぎ、男子たちは阿鼻叫喚あびきょうかんに近い状態となっても、おかしくないだろう。


「なんか騒ぎになったら、俺から離れないようにな?」

「んっ、わかった」


 美麗は素直に頷く。

 こういうところは聞きわけがよくて助かる。

 きっと男女問わず多くの生徒が美麗に詰め寄るだろうから、近くにいないと守れないのだ。


 その後、電車に乗ると――。


「お、おい、あれって……?」

「はぁ!? なんで有栖川さんが、男子と腕組んでるんだ!?」


 案の定、同じ学校の生徒と鉢合わせしただけで、この騒ぎようだ。

 他にも数人同じ制服を着た生徒はいて、男子だけでなく女子も興味深げにチラチラとこちらを見ている。


「お~、もう気付かれた。凄いね?」

「何を他人事のように……。美麗じゃなかったら、気付かれるどころか、興味すら持たれてないところだからな?」


 よく知らない男女がくっついていたところで、皆興味は示さないだろう。

 単に、うざいとか、むかつくとか、こんな公共の場でいちゃいちゃするなとか、そういうレベルのはずだ。

 注目をされているのは、美麗が有名人だからになる。


 しかし、電車内だと、話しかけてくる度胸がある奴はいないらしい。

 問題は――校門をくぐった後だった。


「有栖川さん、なんだそいつは!?」

「なんで腕組んでるんだ!?」


 やはりというべきか、生徒が多くなると、たちまち囲まれてしまった。

 今囲んできているのは男子ばかりだけど、男女問わず多くの生徒が俺たちを遠巻きに見ている。


「何って、私の彼氏だよ?」


 美麗は小首を傾げながら、無邪気な笑みを返す。

 それだけではなく、ギュッと俺の腕を抱き寄せ、肩に頭を乗せてきた。


「彼、氏……!?」

「恋愛に興味なかったんじゃ!?」


 どうやら美麗は、告白を断わる際は恋愛に興味がないと伝えていたようだ。

 実際その通りなので嘘ではないが、今回に限っては都合が悪い。


「ごめんね、好きな人がいるって言うのは恥ずかしかったから、誤魔化していただけなの」


 さすがは美麗だ。

 囲まれていたり、痛いところを突かれても動じることはなく、普段通りの様子で男子たちの追及を躱す。


 逆に、俺の立場が難しいな。

 下手に発言しようものなら、周りを怒らせる可能性がある。

 様子を見て、美麗が困った際に助け舟を出せばいいか?


 そう悩んでいる時だった、事態を一変させる発言がされたのは。


「なんでよりによって、こんなパッとしない地味な奴が……」

「ん、今なんて言った?」


 俺に対する文句にいち早く反応したのは、美麗だった。

 笑顔で首を傾げているが、雰囲気がいつもと違う。


「美麗?」

「ねぇ、もしかして今、翔のこと馬鹿にした?」


 戸惑う俺に気付かず、美麗は俺から腕を放して、くだんの男子に笑顔で詰めよる。

 表情からわからなくても、雰囲気で怒っていることがわかった。


「い、いや、あの……」


 男子はダラダラと汗を流しながら、後ずさっていく。

 しかし、美麗が詰めていくので、距離は広がらなかった。

 周りの生徒たちは、美麗と件の男子に巻き込まれないように道を開ける。


「私さ、別に自分のことはどうこう言われても気にしないんだけど、一つだけ許せないことがあるんだよね」

「許せないこと……?」


「そっ、大切な人を馬鹿にされるのって、大っ嫌いなんだよ」

「ひっ……!」


 逃げていた男子は、怯えたように表情を歪める。

 美麗は、普段怒ることがない。

 だから多分、彼女が怒ったところを学校の生徒たちが見るのは、初めてじゃないだろうか?

 ギャップによって、より怖く感じているんだろう。


 まさか、俺が止める側になるとはな……。


「美麗、落ち着くんだ。俺は気にしてないし、事実だろ?」

「事実じゃないもん……!」


 美麗の肩に手を置くと、美麗は頬を膨らませながら俺に怒ってきた。

 完全にムキになっている。


「いや、誰がどう見ても、俺が地味なのは事実だろ?」

「そんなことない……!」

「はいはい、落ち着いて落ち着いて」


 子供のようにムキになっているので、俺は頭を撫でて宥める。

 すると、みるみるうちに頬がしぼんでいく。


「んっ……」


 美麗は子供っぽい性格をしているので、頭を撫でられるのが好きだ。

 昔は、こうして宥めていた。

 美麗の溜飲が下がったところで、俺は先程の男子に視線を向ける。


『早く行くんだ』


 目でそう伝えると、男子は逃げるように去っていく。

 これで、美麗が怒る相手はいなくなった。

 だから手を放すと――。


「まだ」


 美麗が手を掴んで、もっと撫でろとアピールをしてきた。

 いや、みんなの前なんだが……。


 やった俺が言うのもあれだけど、こんな大勢の前で撫で続けるのは正直恥ずかしい。

 しかし――美麗が放してくれないので、俺は撫で続ける羽目になるのだった。


 ――このやりとりにより、生徒たちの間で二つの認識が共有されたそうだ。


 一つ目は、美麗の前で、彼氏の悪口は絶対に言ってはならないということ。

 二つ目は、ゾッコンになっているのは美麗のほうで、引き剥がすのは無理だということ。


 ……まぁ、一応目的は果たせたということでいいのだろう。

 完全に、バカップル扱いをされているようだが。

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