第6話「素直なほうがかわいい」

「――明日から、どうする?」


 美麗の宿題も終わり、先程の漫画を読んでいると、くっついてきている美麗が顔を覗き込んできた。


「偽恋人の件か?」

「んっ、いきなりくっついて登校したら、変かな?」


 学校で俺と美麗は同じクラスだけど、ほとんど会話はしていない。

 それこそ、先生に頼まれたりなどで、必要最低限という感じだ。

 そんな二人がいきなりくっついて登校なんてしたら、みんなが驚くだろう。

 何より、クラスメイト以外は、美麗が俺を呼び出したことすら知らないだろうし。


「悪目立ちと、軽い騒ぎになるかもしれないな」


 美麗の人気は、まだ入学して三ヵ月とは思えないほどに高い。

 当然、二年や三年などの上級生も目を付けており、美麗に彼氏ができたとなれば、学校中の男子がショックを受けるだろう。


「めんどくさいって思ってる……?」


 言い方が悪かったのか、美麗が不安そうに見上げてくる。


「まぁどう転んでも、めんどくさいだろうな」

「ごめん……」


 正直なことを伝えると、シュンとしたように美麗は俯いた。

 明るくて無邪気なため勘違いされやすいけど、優しい子だから意外と周りの気持ちを気にするのだ。


「でも、美麗はそういうめんどくさい状況で困ってたんだろ? だったら、俺もできることはするよ」


 赤の他人が困っているんじゃなく、従妹が困っているのだ。

 俺が関わることで負担が減るのなら、それくらいはする。


「ふふ、ありがと、翔」

「ちょっ、抱き着くなよ……!」


 ガバッと抱き着いてきた美麗を、俺は引きはがそうとする。


「いいじゃん、従兄妹なんだから」

「従兄妹でも、これはやりすぎだ……!」


 思春期の男子に、そんな柔らかくて大きなものを押し付けるのがどれだけのことなのか、美麗は本当に理解していない。

 これが俺じゃなかったら、襲われているところだぞ。


「ぶーぶー、昔は一緒にお風呂まで入った仲でしょ……!」

「保育園の頃だろ……!」

「いいじゃん、これくらい……!」


 引き剥がそうとする俺に対して、美麗はギュッとしがみついてきて離れない。

 腕に柔らかいものが凄く押し付けられるが、なぜ気にならないんだ。

 それに、冷房が効いているとはいえ、こんなくっつかれたら熱いじゃないか。


「――何してるんですか、二人とも?」


 美麗を引き剥がそうとしていると、ドアの隙間から愛が白い目で俺たちを見ていた。

 うん、一目でわかる不機嫌さだ。


「愛、ドアを開ける時は――」

「ノックならしました。兄さんが気付かなかっただけです」


 どうやら、美麗とやりあっていたせいで、聞き逃してしまったようだ。

 ドア越しでも騒いでいる声が聞こえたから、開けたのだろう。


「美麗姉さん、もう高校生なのですから、そんな気軽に抱き着くのは良くないと思います」

「いいよ、従兄妹だもん」

「妹の私はしませんよ?」


 拗ねた様子の美麗に対し、愛は溜息を吐く。

 呆れているようだ。


「……自分が素直に甘えられないからって、八つ当たりは良くないと思う」

「なっ!?」


 美麗が愛から顔を背けて、唇を尖らせながらボソッと呟くと、一瞬で愛は顔を赤く染めた。


「ち、違いますよ……!? 変な誤解しないでください……!」


 うん、愛。

 ちょっと動揺しすぎじゃないか?


 必死な様子で美麗に詰め寄った妹を見て、俺はそんなことを思う。


「昔の愛ちゃんは、素直でかわいかったな~。おにいちゃんおにいちゃんって、翔に抱き着いてて」

「やめてください……! 美麗姉さんこそ、兄さんに抱き着きまくってたではないですか……!」

「うん、今と変わらないね?」

「~~~~~っ!」


 笑顔で小首を傾げる美麗に対し、愛は悔しそうに言葉にならない声を上げる。


 愛、冷静さを欠いた状態で美麗相手に言い合いをするのは、無理だぞ?


 そもそも、生真面目な愛と、天然でテキトーな美麗では、愛にとって分が悪い。

 その上美麗はあまり照れたりしないので、昔からこの二人がぶつかると、結構な確率で愛が負けていた。

 しかも見てわかる通り、ムキになっている愛に対し、美麗は余裕なのだ。

 勝ち目があるはずがない。


「美麗、その辺にしてやれよ」

「は~い、まぁ今の愛ちゃんもかわいいけどね」


 美麗は返事をした後、笑顔で愛の頭を撫でる。

 悪気はないんだろうけど、愛は悔しいだろうなぁ。


「……ケーキでも買ってくるか」

「えっ、何!? 急にどうしたの!?」


 ケーキという言葉を聞いて、まるで尻尾を振る仔犬かのように美麗が付いてくる。

 甘いものが大好きだもんな、美麗も。


「たまにはいいかなって。愛も行くだろ?」

「……はい」


 いじけた様子の愛は、頬を小さく膨らませながら頷く。

 完全に拗ねてるな。


「愛ちゃん、ごめんね?」

「いいです、美麗姉さんはいじわるですから」


 全然いいと思っていない妹を連れて、俺と美麗はケーキ屋さんに向かうのだった。



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