第5話「お風呂上がりの彼女が部屋に来たんだが」

「――か~ける♪」


 部屋で漫画を読んでいると、ドアが突然開かれた。

 そして中に入ってきたのは、ご機嫌な様子の美麗だ。


「美麗、ノックくらいはするように、いつも言ってるだろ?」

「コンコンコン?」


 美麗は小首を傾げながら、声に合わせてドアをノックする。

 これ、素でやってるんだよな……。


「入ってきてからじゃ、遅いよ」

「は~い」


 気のない返事をしながら、美麗は近づいてくる。

 ベッドのところまで来ると、遠慮なく腰を下ろした。


「ねぇ、何読んでるの?」


 美麗はくっつくようにして、漫画を覗き込んでくる。

 というか、肩が普通に当たっていた。

 お風呂上がりのせいで、やけにいい匂いが鼻につく。


 あと、お互い半袖なので、肌が触れ合って意識してしまう。


「野球漫画」

「翔って意外とスポーツ漫画好きだよね? 自分ではしないの?」

「疲れるからしない」


 それに、現実はこういう物語のように熱い展開にはなかなかならないし、強豪校と渡り合ったりするにはかなりの練習がいる。

 そんなこと、俺には無理だ。


「ふ~ん、そっか」

「この漫画、1巻から貸そうか?」


 なんだか美麗はちゃんと漫画を読んでいるので、途中からじゃなく最初から読ませてあげようかと思った。

 しかし――。


「いい、こうしてるのが好きなだけだから」


 どうやら、あまり内容とかは気にしてないようだ。

 美麗もちょっと変わっているんだよな。


「それよりも、ありがとね」

「何が?」

「服。翔が持ってきてくれたんでしょ?」

「あ~」


 まぁ、気付くよな。

 この家には美麗と愛以外では、今は俺しかいないんだし。


「悪いな。洋服棚、勝手に漁って」

「うぅん、助かったらいいの。だからお礼を言ってるんだし」

「そっか」


 美麗はこういうところを気にしない。

 大方、従兄妹だからいいと思っているんだろう。

 むしろ、愛のほうが気にしそうだ。

 あの子は貞操観念が強いし、上品にいたいと思っているだろうから。


 あと、几帳面だから、細かくてうるさいし。

 まぁそれでも、かわいい妹なのだけど。


「そういえば、服持って行った時騒いでたけど、何かあったのか?」


 なんか風呂場でわーわー言ってるな、とは思ったけど、さすがに脱衣所に入るわけにはいかなかったから、よくわかっていない。

 だけど、気になりはするのだ。


「あ~、ちょっと調子に乗ったら、仕返しされちゃった?」

「なんで疑問形なんだよ……。愛にいたずらするのは駄目だぞ?」


 小首を傾げて誤魔化す美麗に対し、小言を言っておく。

 愛は優しいけれど、根に持つタイプだから下手なことをしたら駄目なのだ。


「わざとじゃないんだってば」

「まぁ悪気がないってのは、わかるんだけどな」


 離れていた期間は長いけれど、美麗は人に嫌がらせなどを絶対にしない人間だ。

 だから、愛を困らせようとしたわけじゃないことだけは、わかる。


 ただ、美麗の場合ちょっと抜けているというか、悪気がなくて相手を困らせることはするし、仲がいい相手には調子に乗ってしまうところもあるのだが。

 そういう意味では、まじめで親しい愛が相手となると、調子に乗るのは目に見えている。


「うんうん、私は悪さをしないいい子だからね」

「自分で言うなよ」


 ドヤ顔で胸を張った美麗に対し、俺は仕方がなさそうに笑って返す。

 ほんと、すぐ調子に乗るんだから。


「あっ、そういえばさ、宿題一緒にしない? 私、お部屋から取ってくるからさ」


 美麗は宿題のことを思い出したようで、ベッドから立ち上がろうとする。

 俺、漫画読んでるんだけどな……。


「宿題なら、俺は終わったぞ?」

「嘘、もう!?」

「あぁ、二人がお風呂に入ってる間にな」


 帰ったら宿題をすぐ終わらせて、後はのんびり過ごす。

 それが俺のスタイルだ。


「めんどくさがり設定はどこに……」

「設定ってなんだよ。単に宿題終わらせてなくて、先生に説教をされるのがめんどくさいから、さっさと終わらせているだけだ」

「ふ~ん……」


 美麗は何か考える素振りを見せる。

 そして――。


「か~けるくん? 宿題――」

「却下」

「まだ言い切ってないのに!?」


 宿題を見せて、と言おうとしたようだったので断ると、美麗はショックを受けてしまった。


「宿題は自分でするものだよ」

「だって、難しくてわかんないし……」

「教えてあげるから、持っておいで」

「ほんと!?」


 美麗は嬉しそうに目を輝かせる。

 単純な子だ。


 丸写しさせるとバレてしまうし、美麗のためにもならないからさせないけれど、教えるくらいならしてあげる。

 普段から勉強させておかないと、テスト期間に泣きつかれるほうがめんどくさいからな。


「それじゃあ、とってくるね……!」


 タタタッと美麗は部屋を出て行く。

 この三ヵ月宿題に関しては触れてこなかったのだけど、どういう風の吹きまわしなのだろうか?

 単純に、俺が宿題できないほど馬鹿に思われていた――はないよな、さすがに……?


 美麗のことだから、ありえそうで嫌だけど。

 まぁ多分、偽カップルになったから、一緒に宿題でもしてみようと思っただけだろう。


「――よろしくお願いします」

「わからないところはどこだ?」

「えっと、ここと、ここと、ここと――」

「うん、ほとんど全てだな」


 よくあの学校に入れたな……。

 というか、前のテストはどうしてたんだ?

 という疑問が浮かんでくるのだけど、美麗に聞いても全然答えなかった。

 さては、赤点をとったな。


「よし、厳しめにいこう」

「駄目だよ!? 彼女には優しくお願いします!」

「安心してくれ、偽だから問題はない」

「全然安心できないよ……!」


 まぁさすがに、冗談だけどな。

 この後は、美麗が理解できるよう優しく勉強を教えてあげるのだった。

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