第4話「お風呂場でのハプニングと思い出の少女」
「――愛ちゃんの、ばか……」
湯船に浸かりながら、私はジト目で愛ちゃんを見る。
「ごめんなさい……」
落ち着いた愛ちゃんは冷静で、素直に頭を下げてきた。
清楚の皮を被った獣かと思っちゃったよ、まったく。
「まぁいいけどね、私も先にやっちゃったし」
「では、おあいこということで……」
うん、おあいこ。
なんだか私のほうが結構恥ずかしい目に遭わされた気がするけれど、ここはおあいこにしておこう。
かわいい従妹が相手だしね。
「それはそうと……何かお話があるんですよね? 私と、わざわざこうして二人きりになったということは」
さすが愛ちゃん。
相変わらず察しがいい。
この子はよく翔の傍にいるし、私も結構翔の部屋に入り浸っちゃうから、なかなか二人きりになれる機会がないの。
だから私は、こうして愛ちゃんを連れだした。
「翔ってさ、やっぱり
「あ~、それは……正直、私だって今でもショックですから……」
愛ちゃんは悲しそうに目を伏せる。
正直、私はその子のことをよく知らない。
というか、あまりいい思い出はなかった。
その子と出会ったのは、小学三年生の夏休み。
今まで翔は私と遊んでいたのに、その頃から翔は、私が来ても遊びに出ちゃうようになってた。
だから私が連れて行ってとお願いすると、翔は笑顔で連れて行ってくれたのだけど――その先にいたのは、とてもかわいい女の子だった。
私が知らない間に翔はその子と仲良くなってて、私がいるのにその子がいると、その子のことばかり翔は構ってしまう。
そんな翔を見て私は、翔がその子に取られちゃう気がして……嫌だった。
だからもう一緒には遊びに行かなくて、翔がお祖父ちゃんの家に帰ってきてから、構ってもらうようにしていた。
そのせいで、その子との思い出はない。
だけど、凄く優しかったことは覚えてる。
その子が翔と愛ちゃんにとって大切な人になってるのも、納得はできた。
でも、その子はもう――。
「兄さん、あれから人が変わったように暗くなってしまったんです……。美麗姉さんが来てくださってからは、比較的明るくなりましたけど……」
明るくなったと言われても、私だって今の翔には違和感がある。
優しいのは昔のままだけど、昔はもっと活発的だった。
今は、何に対しても消極的になってる。
「周りがどうこう言える問題じゃないし、翔が気持ちを切り替えられるのを、待つしかないのかな?」
「切り替えられるのでしょうか……?」
わからない。
だって、私は同じ経験をしたことがないのだから。
だけど、想像はできる。
もし翔が同じようになったら――私だって、今のままではいられないと思うから。
「まぁいいよ。偽の恋人にはなれたんだし、いろいろと気分転換に、翔を遊びに連れて行ってみる」
翔はめんどくさがりだと愛ちゃんは言うけれど、私はそうは思わない。
遊びに行きたいって言ったら付き合ってくれるし、買い物にも付き合ってくれる。
優しいんだよ、彼は。
「……美麗姉さんって、本当に兄さんのことが好きではないのですか?」
湯船から上がろうとすると、愛ちゃんが上目遣いで尋ねてきた。
妹としては気になるのかもしれない。
「だから、従兄妹としては好きだってば。恋愛感情は……ない、と思う」
「思う、なのですか……?」
「だって、恋愛ってよくわからないし」
告白はよくされるけど、キュンッと胸がなるような感覚は一度もない。
翔とだって一緒にいるのは楽しいし、優しいから一緒にいるけど、それが恋って言われると、首を傾げちゃう。
よくわからないの、恋愛なんて。
「愛ちゃんだって、そうでしょ?」
この子も告白をよくされるってのは、翔から聞いて知ってる。
同性の私から見ても、モテるのは頷ける可愛さだ。
てか、普通に私よりかわいいと思う。
「え~と……そう、ですね……?」
「でしょ? 学生にはまだ早いんだよ、恋愛なんて」
「…………」
愛ちゃんは、微妙そうな表情で目を逸らす。
周りが恋愛ばかりしているから、私の言葉に納得がいかないのかもしれない。
でも、わからないものは仕方ないじゃん。
翔には断られたんだし。
そう思いながら私は、脱衣所に出る。
そして、タオルで体を拭いて、下着を履くと――着る服がないことに気が付いた。
「あっ、着替えの服、持ってくるの忘れた……」
「わ、私もです……」
下着姿になった愛ちゃんと、困ったように目を合わせる。
まぁ、だけど――。
「翔しかいないし、いっか」
私はそのまま脱衣所を出ることにした。
でも――。
「駄目ですよ!? 兄さんだって、男なんですから……!」
ガシッと愛ちゃんに腕を取られてしまう。
右腕に抱き着いてきてるけど、勢いがついてたから胸の骨が当たってちょっと痛かった。
「大丈夫だよ、従兄妹なんだから」
「駄目です……!」
「じゃあ、愛ちゃんが取りに行ってくれるの?」
出してもらえないのだったら、他の人に取りに行ってもらうしかない。
だけど――。
「そ、それも、困ります……」
愛ちゃんは顔赤くして、俯いてしまった。
結構恥ずかしがり屋な面があるから、家の中でも下着で歩きたくないのかもしれない。
「でも、それじゃあここから出られないよ? 翔が気付いてくれるのを待つ?」
「うぅ……わかりました、私がいきます……」
私が出るよりは自分が行くほうがいいと思ったのか、愛ちゃんは顔を赤くしたまま覚悟を決めた表情を浮かべる。
体には、下着を隠すようにタオルを巻き始めた。
……そっちのほうが見方によってはまずいと思うのだけど、言わないほうがこの子のためかもしれない。
「では、行ってきます……!」
そう言って、意を決したように愛ちゃんがドアを開けると――その先には、大きめのカゴが置いてあって、中には服が畳んであった。
ちゃんと、私と愛ちゃんの分が上下セットで置かれている。
これって……。
「兄さん、気付いていたのですね……」
そう、今この家には他に翔しかいないのだから、翔が持ってきてくれたようだ。
やっぱり彼は優しいし、気が利く。
「でも、これは私たちの棚を勝手に漁った、ということですよね……?」
「まぁ従妹と妹なんだし、いいんじゃない? おかげで私たちは下着のままで出なくて済むんだし」
「うぅ……複雑です……複雑すぎます……」
何やら愛ちゃんはモンモンとしているけど、私は有難く服を着るのだった。
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