第21話 飛び込み無理押し

 第3月曜日の夕方。今日も営業係の4人は事務所で作業をしていた。


 業務がひと段落したタイミングで、土師は自分が今日の掃除当番であることを思い出した。部屋の隅から掃除機を取り出し、なるべくそっと(コードをひっかけないように)ゴミを吸っていく。


 しかし、部屋の半分まで掃除機をかけたところで、


 ウィーン――…ガ、ガガガガ、ピーーー………


 と、明らかに普段と違う音を立てて、掃除機は動かなくなった。


「あ、あれっ?」

 土師が手元のスイッチを何度か押すが、うんともすんとも言わない。そんな様子を見て、安保がニヤニヤと声をかける。


「んー? 土師くん掃除機壊したのー?」

「いやいやいや! 今回は僕何もしてないですよ!でも急に電源が入らなくなって…」

「パソコン壊れた人も同じ言い訳するんだよなぁー」

「えーん! 澤山さん、安保さんがいじめてきます!!」


 眉を八の字にした土師の顔を見て、澤山はぽりぽりと頬を掻きながら答えた。


「あー…、まあその掃除機も何年か使ってるからな、寿命だろ。総務に相談して買い替えるか…めんどくさいが……」

「最近、備品購入も申請や相見積もりが必要で、大変ですからね……」

 準備・提出する書類の手間と量を考えて、馬路も遠い目をする。二人の様子を見て、今回ばかりは自分が悪いわけではないと思いつつも、土師は少ししょんぼりしていた。


 そんな同僚たちの姿を見た安保は、目線を少し左上にやってから、

「ちょっと席外しまーす」

 と小さくつぶやいて部屋から出ていった。




「まあ、とりあえず次の掃除機の見積もりからだな。どこに依頼するか――」

「失礼しますっ!!!アポ無しでの訪問大変恐縮です!!!」


 澤山の言葉を遮るように、大きな音を立てて扉が開く。そこに立っていたのは、掃除機を抱えたスーツの男性だった。


 澤山達が突然の来訪者に呆然としている間に、男性は事務所へ入り、はつらつとした笑顔を浮かべながら名刺を渡していく。

「申し遅れました、私、トビーコミー株式会社の、押瓜おしうり栄吾えいごと申します!家電の販売をしているもので!!こちらの事務所から掃除機が壊れた気配を感じ、こうして伺った次第です!!」

「超能力がピンポイントすぎる」


 テンションとタイミングにドン引きしている3人を尻目に、押瓜は手元の掃除機を掲げ、通販番組顔負けの声量で説明を始める。


「突然の掃除機の故障でお困りの皆さまに、本日は弊社のワイヤレス掃除機をご紹介できればと存じます!!!――あ、こちらのスペースをお借りしますね!私の持参したこのホコリを少し撒き……このハンディ掃除機で吸うと――ほら!!この通り、あっという間に綺麗に!!」


 押瓜によって撒かれた埃はそこそこの量があったが、あっという間にワイヤレス掃除機の中に吸い込まれていった。訪問販売、というイメージの悪さに反した機能の良さに、3人は感心した声を上げた。


「ほー、案外しっかり良い製品だな」

「ありがとうございます!!!それだけじゃありません、ワイヤレスなのでコードに足を引っ掛けて転ぶこともありません!!」

「それはありがたいです!」

「土師はそうだろうな」

「そうでしょうそうでしょう!!さぁ、こちらぜひご購入を!!」

「あ、いや、即決はちょっと……社内申請的にまずは見積もりから……」


 好感触な反応に勢いづいて、押瓜はグイグイと澤山に迫っていく。その時、ガチャリと扉を開けて安保が戻ってきた。


「戻りましたぁー……え、誰スかこの人」

「家電の営業でいらっしゃった、押瓜さんです」

「ふーん……? まだ買ってないっスよね?」

「ああ、今実演見せてもらったところだ。安保も見せてもらうか?」

「押瓜と申します! ぜひご覧ください!!ほら、ホコリを撒いて……吸う!この吸引力!!いかがですか!!!」

「突然のホコリ散布ウケますね。いや、実はさっき知り合いに連絡してたんスけど、ほぼ新品のルンバをタダで譲ってもらえることになったので、それ使ったら良くないですか?」


 安保の突然の提案に、3人+押瓜は目をぱちくりとさせた。


「え、良いのか?」

「ルンバは吸引力に差があるらしいですが…」

「だーいじょうぶですよ馬路さん。去年出たばっかの新しい機種ですし、私が色々かいぞ……改良して持ってこようと思います」

「そ、それなら大丈夫ですね」

「大丈夫…?」


 不穏な言葉が聞こえた気がしたが、新しいものを買う手間と予算を考えた澤山は、何も聞こえなかったことにした。


 追加購入も見積もりも必要なくなったからには、押瓜へ頼むことは現状無くなってしまった。急な展開に少し苦笑いしながら、澤山は押瓜に声を掛けようとした。

「じゃあ押瓜さん、すまんが今回は縁がなかったって事で――え゛っ?!」


 先ほどから静かになっていた押瓜の方を振り返ると、彼は無言で埃を再散布していた。


「えっ?! なんでまたホコリ撒いてるんですか?!!」

「いや、さっき吸引力に不安がってことだったので、もう一度お見せしようと!!」

「それはルンバの話だしもう終わった!!」

「もう一回!もう一回見てください!!ほらこの吸引力!!!」

「やかましい!!ありがとうございましたお帰りください!!!」

「あっ、あっ、じゃあ他にいるものとか!!FAXとかいりませんか!!?」

「帰れー!!!!」


 澤山は事務所の入口に、「訪問販売お断り」のステッカーを貼ろうと固く心に誓ったのだった。

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